カンパニー本社65Fにある治安部統括の個室ではランスロットが一般兵から流れてきた噂を既に耳にしていた。
(姫がキングと別れたという噂は本当なんだろうか?)
自分の戦友であるセフィロスの心を開き、人間らしい感情を呼び覚ました少年。
彼の素直で純粋な笑顔は、どれだけセフィロスの心を癒していたであろうか…、あれほど相思相愛というか、比翼の翼、魂の片割れともいえる相手に巡り逢えたのに、なぜその二人が別れねばならないのだ?!
ランスロットは一般兵の食堂から流れてきた噂に複雑な顔をしていた。
それを知らずにクラウドが扉をノックした。
「第13独立小隊副隊長 クラウド・ストライフ 入ります!」
一年前に配属を迷っていた担当教官に手渡された資料を見た時は、その容姿と実力がそぐわない事しか覚えていなかった。まさかこの少年兵と自分の上官であり戦友である”氷の英雄”が恋に落ちるなど、その時は想像もつかなかった彼であった。
少年兵を秘書官扱いしはじめてすぐに、セフィロスに変化が起こりはじめたのを真っ先に感じたのもランスロットである。やたら楽しそうに執務室に出向き、少年兵相手に戦略のレクチャーをしていたのを珍しい物でも見るかのように眺めていたのを覚えていた。しかし、一週間もしたらこんどはイライラしはじめ、次第に仕事もろくに手につかなくなってきたので、びっくりもしたものである。
(何事があったんだろう?と、よくクラスS仲間と話し合ったものだな。)
やがてそのイライラが取れたと思ったら、パーシヴァルから少年兵を連れて食事に出掛けたと言う話しを聞いた。
セフィロスが誰かを食事に連れて行く事など今までなかったのに、一体どうした事かと思って話を聞いた後、少し注意して見ていると、どうも一緒に住んでいるのか常にその少年兵を隠すようにつれていた。
(キングのご乱心か?! って、皆で騒いだ物だな。)
素直でまっすぐな笑顔にセフィロスがとまどったであろう事はランスロットにも容易にわかった。
(それにしてもよくよくドレスの似合う少年だな。)
街で見かける”妖精”の実態がこの少年と気が付いた時には、思わず目が釘付けになったものである。
カームの教会で会った時など、あまりにも清楚で美しい花嫁姿に、ナイツ・オブ・ランド全員でセフィロスにヤキモチを焼いたものである。
ランスロットが一人回想をしているとクラウドが執務室に入ってきた。
扉を開けて入ってきた金髪碧眼の少年兵は、髪の毛こそあの頃よりずいぶん伸びたが、少女のような顔だちに柔らかな笑みを浮かべた姿はすでに上官の恋人であった頃から全く変わっていなかった。
ふと見ると相変わらず白いレザーグローブが彼の手にはまっている。
その理由を知っているがゆえ、訝しむような顔をしていたのであろうか、クラウドが小首を傾げてランスロットに問いかけた。
「いかがいたされましたか?統括。」
「あ、いえ。まだ指輪を外してはいないのですか?」
「え?ええ。はずす理由が有りませんので。」
(はずす理由が無いって?!別れたら普通結婚指輪なんて外すはずなのに?!)
そう思うと先程の噂と目の前のクラウドの行動が食い違っているのに気がついた。頬を赤らめながら左手を隠し照れたような顔で幸せそうに微笑んでいるのを確認すると、ランスロットは机の上の書類を目の前に居るクラウドに手渡した。
「お願いしようとしたミッションです。」
クラウドが一通りミッションの指令書を眺めると敬礼した、その姿は先程までとは打って変わった一人の戦士の物であった。
「お受けいたします。」
敬礼して去って行こうとしたクラウドに思わずランスロットが聞いた。
「あの噂は嘘なのですか?」
「嘘と言いますか、その…途中経過だっただけです。そのあと自分が間違っていたのがわかりましたので、ご心配をおかけしました。」
そう言ってぺこんとおじぎするとクラウドは統括の部屋を出て行った。
ランスロットが思わずパーシヴァルに電話をかけた。
「あ、パーシヴァル?私だ。今朝キングの噂を聞いたが?」
「ああ、その噂なら先程目の前で思いっきり否定されました。どこぞの誰かがご乱心あそばされて、クラスS執務室で熱烈な抱擁を見せつけて『浮気をするなよ』ですからね。見せつけられた我々の身にもなって下さい」
「それでいいではないか、キングと姫は魂の片割れともいえる間柄。そのお二人が別れるなどあってはならぬ事ではないかな?」
「それは言えてますけどね、横やり入れて楽しむ事もできないじゃないですか。」
「そうだったな。もう少しいじめてやりたい物だな。」
「まあ、やり過ぎぬよう遊ばせてもらいましょう。」
「フフフ。パーシヴァル、おぬしも悪よのぉ。」
まるで時代劇の悪代官のようなセリフを言いながらランスロットは携帯をたたんだ。
クラウドがクラスSの執務室にセフィロスを迎えに行くと、その足で特務隊の執務室へと歩いて行く途中で、先程の統括室でのやりとりを話した。
「ランスロットめ、お前に会いたいからお前を呼び出すのであろうな。」
「隊長を呼ぶのにまだ違和感があるのではないでしょうか?まだ隊長の事を上官と思っていらっしゃるようですし。」
「フン、まあよい。指令書をよこせ。ふん、ニブル北部の洞窟だと?」
「え?そんなところに洞窟なんて有るのですか?」
「ああ、山に囲まれた湖へそそぐ滝の裏にあるのだ。そうだ、ついでにニブルに凱旋するか?」
「まだソルジャーではありませんけど?」
「その白のロングコートを着ているだけで十分凱旋になるぞ。」
「そんなものですか?」
クラウドから指令書をうけとると目を通しながら廊下を歩いて行った。
その頃、神羅カンパニー本社69Fでひとりほくそ笑んでいる男がいた。
社長のルーファウスである。
デスクの上の本を眺めながらニヤニヤしているので、ツォンが後ろからそっと近づくと、『ミッドガルの穴場デートスポット』とか『もてる男のデート術』とか『贈って喜ばれるジュエル一覧』とか、どうみても社長業とはかけ離れた本を読んでいたので、いぶかしげに尋ねた。
「ルーファウス様、社長の仕事にそのような本は不要と思いますが?」
「これかね?カンパニー1の可愛い子ちゃんが、彼の浮気性に愛想をつかして別れたと言う噂を聞いたのでね、私にもチャンスがあるだろう?」
「はぁ、”彼”ですか?別れたという話は聞いていないですが。」
「そんな事はなかろう、今日事務の女の子がその噂でもちきりだったのだぞ。」
ツォンが手元のパソコンを操作すると、治安部の任務表が出てくる。画面を食い入るように見つめて、目的の物を確認するとツォンがルーファウスに振り返る。
「午後からミッションで2週間出掛けるようですね。2週間有れば元に戻りますよ。」
「どうしてだ?」
「”彼”が戦場に立つ英雄の姿に惚れているからですよ。」
「つまらんな。今度こそ恋人にできると思ったのに。」
ツォンは口をとんがらせてむくれているルーファウスの肩にそっと手を置くと、優しげな瞳で小さいころからそばに仕えていた青年を見る。
「ん?なんだツォン。」
「ルーファウス様もわかっていらっしゃるとおもいますが、あの二人は離れられない間柄なんですよ。そんな運命の恋人の間に割り込むのはチョコボに蹴られて飛ばされますよ。」
ルーファウスはツォンの言葉を鼻で笑いながらかかってきた電話を受けた。
* * *
ニブルヘイム北部に有る洞窟の探索はあまり難しくないミッションだった。
魔晄炉の調査も化学部門に頼まれていたので、ニブルヘイムの村に少し寄った時、クラウドは幼馴染のティファと再会したのであった。
「う…わ〜〜、クラウド久しぶりね。」
「やぁ、ティファ。」
「一体どうしていたの?その格好は何?」
「ミッドガルにある神羅カンパニーの治安部にスカウトされたって言っただろ?そこでなんとか採用されて、こうしてミッション出来ているんだ。」
その時、遠くに居た隊員がクラウドを呼んだ。
「副隊長!間もなく出発しますよ!!」
「わかった!すぐ行くよ!!ごめん、ティファ。もう行かなくっちゃ。」
「あ、クラウド!!」
幼馴染の駆け去って行く先には『神羅の英雄』と呼ばれているセフィロスの姿があったので、ティファがびっくりして見ていると、クラウドはとびきりの笑顔を浮かべながら男たちの集団の中に入って行ったのであった。
その笑顔の美しさにティファは息を呑むかの如く見惚れていたのであった。
特務隊がミッションを終えて戻ってくる間、タークスは思いも寄らぬ仕事に振り回られる事になった。
クラウドが恋人と別れたという噂をまともに信じたカンパニーの女子社員が、ラブレターやらプレゼントやらをクラウド宛てにおくってきたのである。
特務隊の副隊長であるクラウドは簡単に贈り物を受け取る訳に行かないので、一旦タークスが閲覧する事になっているのだ。
その仕事をさせられていたレノがツォンにぶつくさ文句を言った。
「チョコボ頭は英雄さんと別れた訳じゃないんだろ、っと。じゃあ、これみんな捨ててもいいんじゃないんかな、っと。」
ルードも無言でうなずくのを見るとツォンがため息交じりで答える。
「そうだな、これを見た後また彼はセフィロスにいじめられるな。」
「それはかわいそうだな…っと、全部ゴミ箱行きでいいんだな、っと。」
ツォンが無言でうなずくとレノはさっさとクラウド宛ての贈り物をすべて廃棄処分とし、嬉々としてその場を後にした。
* * *
派遣先から特務隊が乗った輸送機がカンパニーの駐機場へ到着した。
セフィロスを先頭に隊員達が降りてくると、駐機場にはカンパニーの女子社員が多数出迎えに来ていたのか、いきなり取り囲まれる。
ザックスがその状態にびっくりした。
「うひゃー!どうしたの?これ。」
「うわ!女の子ばっかり。」
「サーのファンか?」
「いや、何か違うようだぞ。」
隊員達が口々に言ったのはいつもとは違う女子社員の行動であった。セフィロスが通り過ぎると言うのに、集まった女子社員達は目もくれず、輸送機の乗降口を見つめていたのであった。
いつものように隊員達が全員出てきた後、クラウドが最後に姿を現した。その途端に女子社員から悲鳴のような歓声が上がった。
「キャーーー!!クラウド君だわ!!」
「やっぱりカッコイイーー!!」
「カワイイーー!! 守ってあげたい!!」
女子社員がいきなりクラウドめがけて集まり出すので、あわててリックとカイルが助けようと、女子社員の囲みの中を突っ込んでいった。
その様子を見ながら呆れたような顔でザックスがセフィロスに話しかけた。
「負けてるぜ。」
「カンパニー1もてると言うのは本当だったようだな。」
「隊長、知らなかったのですか?クラウドがこの前のバレンタインでもらったチョコの数は135個もあったのですよ!」
「135個?!アイツの場合カンパニーの中だけだろ?!俺よりすげえや。」
「ザックスより持てるだろうが、たしかに凄いな。」
セフィロスは相変わらず冷静にみえた。
クラウドがリックとカイルに囲まれて、なんとか女子社員の包囲網を突破すると、あわてて隊員達のまん中に隠れるように入り込みつぶやいた。
「もう、何とかならないかなぁ?!」
「ばらすのが一番。」
「カミングアウトしようぜ!!ひ〜め!」
「うぐ……、サーの為にも出来ないよ。」
「じゃあ一番簡単な解決方法。誤魔化して事実を伝える。」
そう言うとザックスは女子社員に聞こえるようにわざと大声をあげた。
「そういえばクラウド。お前、恋人と元の鞘に収まったんだって?!」
クラウドがびっくりするが、その意を酌み取ってリックとカイルが突っ込みを入れた。
「なんだよクラウド!今度こそ俺と付き合ってくれると思ってたのに!」
「リック!!抜け駆けはよせ!俺だって姫がフリーになるのを待ってたんだぞ!」
クラウドがあわててリックとカイルの口を押さえようとした。
「リック、カイル、ザックス、困るじゃないか!!俺の恋人の事は内緒なんだぞ!バレてテロリストに狙われたら大変だからそう言う噂を流したんだ!!」
リックとカイルに感謝しつつクラウドは以前セフィロスにいわれた事を言って見ると、効果はてきめん。あっという間に集まっていた女子社員が文句を言いながら解散して行った。
クラウドは皆に感謝しつつ一緒に執務室に戻った。
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