ヴェッティンガーのあとをカイルがこっそりと付けて、隣の休憩室に入るのを見届けると、ジョニーがすぐさまやってきた。
「ピン(一人)か?!」
「いや、4〜5人いるようだ。何を持っていけばいい?」
「ヴェッティンガーの好きな赤ワインでも持って行ってやれ、俺からだと名前を言えば扉を開く。」
「こういう時お前がお坊っちゃまで良かったって思うよ。」
カイルが足早にフロアに戻るとリーデルのグラスに赤ワインを注いで戻ってくる、身だしなみを整えて扉をノックした。
「失礼いたします。ジョニー・グランディエ様よりこちらへ赤ワインを持っていくようにと仰せつかった者です。」
しばらくすると、扉がほんの少し開いてヴェッティンガーが顔を出した。
「そ……そうですか、それはありがたい。」
何の不審も持たずにヴェッティンガーが扉を開けてカイルを招き入れた、ちらりと見渡すと中には5〜6人の男がテーブルを囲んでいた。
カイルが一礼して部屋の中に入ると同時に、バックヤードから回ってきたリックがテラスに面した窓の外に到着したサインが伝わり。ジョニーがほくそ笑んだ。
そして黒髪の男がサトルの横を通り過ぎた
「え?お、おい。その部屋は!!」
サトルが通り過ぎる男をあわてて静止しようとして掴んだはずの二の腕はすでに手の中になく、そのかわり手のひらに軽い痛みを覚えた。ほんの一瞬の間に差し伸べた手を払った男の正体にサトルは思い当たった。
「サ、サー・セフィロス?」
問いかけるサトルに何も答えずに黒髪の男は扉の中に入り込んでいった。
サトルの耳には会場の中の音と目の前の扉の中の音が同時に入ってきた、会場ではライザがピアノを弾いてクラウディアがそのそばに立っていた、小部屋の中の音が止んでやがて扉が開いた。
二人の黒服にひったてられるように中にいた男共が連れ出された、後ろから黒髪の男と共にジョニーが出てきた。
ジョニーがサトルににっこりと笑って話しかけた。
「袋の口締め役ごくろうさん、助かったぜ。」
「平凡なサラリーマンにへんな仕事持ち込むなよ。」
「良く言うぜ、ミッドガル銀行のトップトレーダーが。親父さん元気か?」
「ああ、来月ミッドガルに遊びに来るよ。」
「それはそれは、休みが取れたら遊びに行くよ、生きていたらね。」
ジョニーは軽く片手を上げて旧知の仲らしい男とその場で別れた。
タキシードのポケットに両手を突っ込んでサトルはフロアへと戻った。
ピアノを弾いている恋人ライザの隣にクラウディアはまだ立っていた。
サトルの顔を見るとクラウディアがふわっと微笑んだ、その笑顔はまるで何があったかわかっていて、それが終わった事が解ったような顔だった。
サトルがクラウディアの笑顔を見てうなずく様子を、ライザはため息交じりに見ていた。
やがてジョニーがフロアから戻ってきてクラウディアをエスコートした。
「レディ・クラウディア、お一人にして済みませんでした。まもなくサー・セフィロスも戻られると先程連絡がありましたよ。」
「そう、よかった。」
クラウディアの瞳に嘘か真か涙が浮かぶ。ジョニーがクラウディアを誘ってフロアへと戻ろうとした時、ホールの扉が開き銀髪の美丈夫がゆったりと入ってきた。
「セフィ…」
クラウディアが入ってきたセフィロスに走り寄るが目前で立ち止まった、そんな彼女にゆるやかな微笑が降り注いでいた。
「なんだ、いつものように抱きついてはくれないのかね?」
「ば、ばかぁ……」
真っ赤になって涙ながらにうつむくクラウディアを抱きすくめてから、何事か耳元で囁いた。うっすらと頬を赤らめてそれにうなずくクラウディアは可憐で清純で、それでいて妖艶さがどことなくにじみ出ていた。
ホールの中央に二人で進みでると哀愁を帯びたタンゴのリズムに合わせて踊り出した。
二人を見つめるジョニーが思わず溜め息をついたのを見逃すようなライザでは無かった。
「あら?どうしたのかしらジョニー。まるで失恋したみたいな顔をしているじゃない。」
「ん?いくら任務とはいえレディ・クラウディアとダンスを踊ってたらカンパニーのファン共に袋だたきに遭うんだよ、俺生きていられるかな?」
「健闘を祈るよ。」
旧友と握手するとジョニーは何も言わずにホールを後にした。
ウェイターとバーテンダーに化けていた仲間と見られる男達も一緒に姿を消していた、それは彼らの任務が終了した事を告げていた。
中央でプロもはだしで逃げて行くような見事で官能的なタンゴを披露するカップルと、手元にある写真を見比べてサトルが溜め息をついた。その写真を横からライザがのぞき見る。
「あら、どうしてそんな写真を持っているの?」
「何かのミッションで行かれたのだろう、母がすごくあいたがっていてね。だが、一般人が会える人じゃないだろ?サー・セフィロスという方は。」
サトルが持っている写真には、緩やかな笑顔のセフィロスの隣にクラウディアがやわらかな笑みを浮かべいる両横に、彼の両親が並んで写っていた。
「貴方のご両親ってサウスキャニオンにお住まいなんでしょ?ミッションが起きる場所には思えないんだけど?」
「ああ、そうだな。まったく、何処でどうして巡り合ったものだか……」
そう言いながらサトルは手元の写真をしまい込んだ。
クラウドとタンゴを踊りながらセフィロスはその会話を聞き取っていた。口元に冷たい笑みを浮かべてクラウドの耳元で囁く。
「先程の男はどうやらサウスキャニオンのアンダーソン氏のご子息らしい。夫人がお前に会いたがっているそうだ。」
「でも、会えないのでしょ?」
「まあな。会えばなにかと問題が起きる、それを回避する為にもミッションでであった人とは会わないほうがよいな。」
「ええ、わかっています。」
踊り終わった後グランディエ財団の会長がセフィロスに近づいてきた。
「お見事ですな、サー・セフィロス。ところで、うちの放蕩息子はどこへ?」
「さぁ?まだ戻らないつもりのようですので兵舎にでも帰ったのでしょう。」
「まったく、あの馬鹿は。なぜ好んで戦場へ行きたがる?!そんなに家を継ぐのが嫌なのだろうか、勝手に許嫁を決めたのが悪かったのか?!」
「何が理由かは知りませんが、その程度の男で無い事だけは確かです。ジョニーは自分で道を切り開ける男です、会長が気を病む事はないでしょう。」
それだけ告げるとセフィロスはクラウディアを伴って会場を後にした。
エレベーターに乗り込むとクラウドが溜め息をついた。
「ジョニーが家出したくなるはずだよ。親に命令されて家を継げだの、この女と結婚しろだのと言われて嬉しいわけがないよ。」
「それだけが理由じゃない。そんな男が特務隊で3年もトップクラスにいられるわけがない、それよりも……」
急にセフィロスがハンターのような瞳でクラウドを正面に見据えたかと思ったら、いきなり唇を奪った。
「ちょ……セ…フィ!!ん!!」
息が揚がるほど濃厚な口づけにクラウドの腰が砕ける。その華奢な身体を離さないように抱きしめて、セフィロスがたっぷりと口づけを味わう。やがて目的の階に到着すると、やっと唇が離れた。
「もう、誰かが入ってきたらどうするの?」
「私の前で他の男の事を話すお前が悪い。」
さっとクラウドを抱き上げたかと思うと3時間ほど前に入ったスウィートルームへと入る。
「ちょ、セフィ!!」
「ん?どうした?」
「あ……あの、化粧落させて。」
「ふっ、なにかと思えば。外見が男だろうと女だろうとお前はお前だろ?」
「だ、だけど……」
「ミッシェルにくぎを刺されたが、そんな可愛い顔をされると私の理性もどこかへ飛んでいくぞ。」
「い、いつも飛んでるじゃないか!!」
「ほぉ、ではお言葉に甘えようか。」
そう言うとにやりと笑いながらセフィロスはクラウドをベッドへと運ぶと、あっという間にクラウドを官能へと溺れさせて行ったのであった。
* * *
翌日、ミッドガルの某スタジオにセフィロスの車で送ってもらいクラウドがスタジオ入りする。
大手医療品メーカーのCM取りなので、タイリストのミッシェルがナース服をもっていた。
「え?ナース服?!」
「ええ、クライアントの意向なの。白衣の天使役だから貴方しかいないってね。」
「CM流れた後のみんなの反応が恐いよ。」
「って、言うか。もう十分危ない状況だとおもうよ。」
ミッシェルがクラウドの後ろから現れた人物に目を向けているので、振り返るとそこには目を丸くしているセフィロスがいた。
「セ、セフィ。やだぁ!!」
クラウドが真っ赤になってミッシェルの影にかくれようとする、そこにマネージャーのティモシーが入ってきた。
「クラウディア、なにやってるの?!早く着替えてきて。ミッシェル、準備が出来たらカメ・リハすぐやるから。」
ティモシーの剣幕にあわててクラウドが着替えに行くと、ミッシェルがメイク道具をもって準備を始める。
白いナース服を着てクラウドが現れるとミッシェルが髪の毛をアップにしてまとめ、キツすぎないように本当に軽くナチュラルな化粧をする。
白衣の天使が鏡の前に現れた。
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