コーヒーを飲みながら荷物をほどいて、部屋でゆったりと過ごしていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「母さん、クラウドだけど…」
扉の向こうから現れたのはクラウドだった。
「まぁ、まだ仕事中だったんじゃないの?」
「今日は、早番だったし、もともと母さんが来たら休みをとるつもりで申請してあったんだ。」
「ガスト博士に聞いたわよ、娘さんに料理を教えているんですって?」
「え?あ、うん。同じ部隊の中に俺の事、弟みたいに可愛がってくれている人が居て、その人の彼女なんだ。」
「そう、イファルナにも会いたいし、つれて行ってくれる?」
「母さん、エアリスのお母さんとも知り合いなんだ。」
「ええ、よく村で顔を合わせたわ。あ、それから、ティファちゃんにも会いたいわね。」
「彼女の下宿はエアリスの店からそんなに遠くないから、どっちから行く?」
「イファルナの所は長くなりそうだから、ティファちゃんの所。」
「OKじゃあ行こうか。」
そう言うとクラウドは母親をつれてホテルの駐輪場へと足を向けた。駐輪場で愛車のバイクを引きずり出し、母親にヘルメットを手渡す。母親を後ろ座席に載せてクラウドはゆっくりとバイクを7番街へと向けた。
* * *
7番街セブンスヘヴンにクラウドがバイクを置いて母親と共に店の中に入ると、店の中には黒いスーツ姿のスキンヘッドの男が居た。
「あ、ルードさん。お久しぶりです。」
声をかけた男がちらりとクラウドを振り返ると、軽くうなずいた。
クラウドはこの寡黙な男が神羅カンパニーの秘密組織タークスの一員である事を知っている。
セブンスヘヴンのマスターがアバランチのリーダーとわかった時、タークスにこの店の事を見張らせていたのであった。そんな理由で彼はここに来ていたのであろう。
しかしその事実は表に出してはいけない事であった。
来客を知らせるチャイムを聞いて店の奥からティファが出てきた。
「クラウド、久しぶり!あ、おばさん。ミッドガルにようこそ。」
「ええ、クラウドに一度遊びにこいっていわれてね。元気そうね。」
「ええ、元気です。ルードも毎度ごひいきにしてくれてありがとう。」
「……いや。うまいから……」
ぼそりとつぶやくような返事にキッチンに立っていたバレットが思わず噴き出すように話した。
「なぁにが「うまいから」だ!おめぇこのティファが気に入ったんだろう?!そうでなければ毎日こんな店まで来るかよ?!」
バレットの一言でルードが文字どおり『ゆでだこ状態』になるのをクラウドがびっくりしたような顔で見ていた。
「へぇ、ティファが好きなんだ。よかったね、ティファ。ルードさんカンパニーでもエリートコースだよ。」
「ク、クラウド!!」
よく見るとティファも心なしか頬が赤いので、すかさずクラウドが突っ込みを入れた。
「あ〜〜!ティファ、ほっぺたが赤いよ、熱でもあるんじゃないの?」
「く、クラウドの馬鹿〜〜!!」
ティファが思いっきりクラウドのお腹に拳を見回せて店の奥に引っ込んでしまった。パンチをもらっておなかを押さえていたクラウドがつぶやく。
「くぅ〜〜〜、さすがに武道家に習っただけあるな、あいつ、いい拳持っているよ。」
「そりゃ惜しかったな。アバランチ辞めちまうまえだったら、是非仲間に誘ったと言うのにな。」
些細な一言だったがバレットの言葉に、クラウドではなくルードが反応した。サングラス越しに鋭い瞳でマスターをにらみつけている。その視線の鋭さにバレットは思わず身震いした。
「だ、だから、もうアバランチは辞めたって言ったじゃないか。」
「本当か?」
「ああ、実際カンパニーは9番魔晄炉を閉鎖と8番魔晄炉を閉鎖すると言うじゃないか。そこにいる”地獄の天使”が言っていた通り、このままなら魔晄の力を使わないようになる、ならば俺達が反抗することもない。」
「あんたみたいに理解のあるリーダーばかりだと、俺も仕事が少なくなって楽になるだろうにね。」
「どこにでも頭の堅いやつはいるもんだぜ。」
神羅カンパニーでもトップクラスの士官であるクラウドと、アバランチのリーダーだった男バレットが顔を見合わせて笑っていた。ルードはそれを見てほんの少しほっとしていた。
クラウドの母親は一人ぽつんとそんな成り行きを見ていた。そしておもむろにクラウドに問いかけた。
「クラウド。この人、反神羅組織アバランチのリーダーなの?そんなところにティファちゃんがお世話になっているの?!」
「ああ、大丈夫だよ”元”リーダー。今は引退してごく普通のカフェ・バーのマスターになっているみたいだから。」
「本当に、本当に大丈夫?」
「ああ、あんな良い子を血みどろの戦いの中になんて引きずり込まないと、あんたに誓ってもいいぜ。」
「そう、よかった。」
「おう、クラウド。そういえば今度噂の車いす美人つれてこいや、どれだけ美人か見てみたいぞ。」
「冗談じゃない。通路はせまいし、入口には階段しかないうえに、店の中も段差だらけ。車いすの入れる店じゃないだろ。」
「あ、そりゃそうだ。」
バレットが豪快にガハガハと笑っている、クラウドもゆるやかに微笑んでいた。
セブンスヘヴンを後にしたところでクラウドの母は不意に息子に聞いた。
「クラウド、車いす美人って誰の事?」
「俺の仮想恋人。黒髪でアンバーの瞳を持つ年上のお嬢様で、反抗勢力の戦闘に巻き込まれて足が不自由になったと言う設定なんだ。なにしろあの人と生活しているなんておおっぴらに言えないから、それをごまかすためでもあるんだ。」
「まぁ、そうね。だからセフィロスはクラウディアが、貴方にはその人がいる?」
「うん、そういうこと。ちょっとややこしいけどね。」
「言えない理由もわかるけど、仕事仲間を騙すような事になっていないかしら?」
「それが同じ隊の連中も同じクラスの連中もセフィロスと同じクラスの人達も皆知っているんだ。何処かの誰かさんがやたら独占欲が強くて、おかげでバレちゃっている。それ以外のクラスのソルジャーはまだ知らないからやっていけるんだけど。もしカンパニーの中すべてバレていたら、俺、今の部署にはいられないんだ。モデルに専念するの嫌だもん。」
「まぁ、クラウドはまだ第一線にでているの?はやくセフィロスさんとの婚約を公表して今の仕事辞めなさいよ。」
「やだよ。今の仕事たしかにちょっときついけど、すごくやりがいがあって、仲間もたくさんいて、楽しいんだ。」
クラウドの母親は明るい笑顔で話す息子の顔を見つめながら内心複雑だった。
英雄セフィロスと一緒になりたいと言って家にやってきた息子を見た時は、彼と結婚すれば世界でいちばん強いといわれている男のそばにいることになるので、息子には一切危険な事はないと思っていたのであった。
ところが、クラウドはいまだに「セフィロスを守りたい」という気持ちのまま、軍人をやっている。いつ死ぬか分からない仕事をしているというのに、息子の笑顔にはそんなこと一切感じられなかった。
「幸せそうね、クラウド。」
「え?あ、うん。」
そう言ってゆるやかに微笑みながらうなずく息子の笑顔は、間違え無くスーパーモデル・クラウディアの笑顔であった。クラウドの母は思わず嬉しくなっていた。
* * *
再びクラウドのバイクに載せられて8番街へ移動し、バイクを降りると目の前に可愛い花屋があった。
クラウドが母親を伴って店の中に入って行く。
「こんにちわ〜!」
店の中から茶色の長い巻き毛をリボンで縛った可愛らしい少女が出てきて、クラウドの顔を見るとにっこりとほほえむ。
「あら、クラウド君どうしたの?」
「あ、えっと…エアリスのお母さんに会いたいんだけど。」
「ちょっと待っていてね、ママー!」
エアリスの呼び声に店の奥からエアリスの母親がゆるやかに微笑んで出てきた。
「まぁ、クラウド君いつも娘がお世話になってますね。そちらは、もしかしてナタリー?」
「ええ、イファルナ。久しぶりね」
「まぁ、本当にお久しぶりね。もう20年近く会っていなかったわね。」
「もうそんなになるかしら?こちらの可愛らしい子は娘さん?」
「ええ、エアリスって言うの。お茶にしない?」
旧友にひさしぶりに会ったという感じの二人を尻目に、クラウドとエアリスがとまどった顔をしていた。
そんな二人にエアリスの母親が説明するように話しかけた。
「クラウド君のお母さまにはニブルの神羅屋敷で良く会ったものよ。まだエアリスが生まれる前の事だけどね。」
そう言ってリビングにさっさと入って紅茶を入れはじめるので、エアリスとクラウドは顔を見合わせてクスリと笑い、どちらともなくキッチンへと足を進めた。
リビングで二人の母親が尽きない思い出話をしている間に、クラウドとエアリスは夕食の支度をしていた。キッチンからいい香が立ちこめてきた頃二人の母親はその香に気がついた。
「あら、いけない。すっかり食事の時間じゃない。」
「まぁ、怒られちゃうわ。」
「怒られちゃうって、セフィロス?最近優しくなったからそのぐらいで怒るとは思えないわ。」
二人の会話をキッチンで聞いていたエアリスがリビングに居る母親に話しかけた。
「セフィロスなら、ここに呼んでおいたから大丈夫。クラウド君と二人で精一杯美味しいお料理作るからね。」
「まぁ、噂に高いクラウディアの手料理が食べられるの?嬉しいわ。」
「あのセフィロスがエアリスちゃんの言うことを聞いたの?」
「え?ええ、だってセフィロスは友達だもん。」
感情を見せない氷の英雄を友達だと簡単に言うエアリスに、ナタリーはびっくりしていた。
「セフィロスを友達って…」
「私の彼、ザックスっていうんですけど、セフィロスの部下でクラウド君を弟みたいに可愛がっているんです。よく二人でクラウド君達のお部屋に行ってますよ。」
そこにガスト博士を伴ってセフィロスが入ってきた、エアリスが父親を出迎える。
「パパ、お帰りなさい。」
目に入れてもなんぼのもんじゃい!というほど可愛いがっている娘からの、頬へのキスを受けてガスト博士がゆるやかに微笑む。クラウドはセフィロスにうつむきながら照れたような笑顔を浮かべていた。
「あ…あの。おかえり。」
「ああ…」
二人で決めていたこととはいえ”お帰りのキス”のない挨拶は、慣れていない為かいささかぎこちなかった。
いつもラブラブぶりを見せつけられているエアリスが突っ込みを入れた。
「あら?今日は”お帰りのキス”は”無し”なの?」
「エ、エアリス!!」
エアリスの些細な一言にクラウドが真っ赤になる、その様子を見ていたガスト博士が愉快そうに笑った。
「カンパニーでもトップクラスの士官といわれているクラウド君がこんなに可愛いとは思わなかったな。」
「は、博士。お願いですからこのことは内緒に…」
「ああ、わかっているよ。君みたいな士官を失うことは、カンパニーに取っても私にとっても多大な損失だからね。」
「クラウドはそんなに強いのですか?」
「強いとも。なにしろ唯一セフィロスを負かすことができる男だからね。」
「じょ、冗談じゃないです。俺、セフィロスになんて勝てません。」
「そうかね?ランスロット君からそう言う話を聞いているが?」
「それはきっと召喚マテリアのせいだと思います。」
(ランスロットの奴…気がついているのか?!)
クラウドとガスト博士の会話を聞きながら、セフィロスは思わず声に出しかけていた。
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