ガーレスが統括室に入ってきたのを認めると、セフィロスは急にいつもの”氷の微笑み”を浮かべた。
「何のようだ?」
「いえ、コーヒーを一緒に飲もうと思いまして。」
「食事はしたのか?」
「ええ、来る途中のコンビニでテイクアウトのランチボックスを買っていまして、それを食べました」
「よく、ここがわかったな。」
「ザックスたちと違ってランスから情報が来てました、休暇中にキングが統括室にこもる事があるかもしれないと。」
「ふっ…ランスか。あいつめ、覚悟しておけよ。」
セフィロスのアイスブルーの瞳が一層冷たく光った、その輝きに一瞬ガーレスは寒気を覚えた。
「ご安心下さい。ここの事は誰も気がつかないでしょう、私もキングとサシで食事をしたい時もありますよ。」
「ほぉ…どういう事だ?」
「私もキングに憧れていますから、ほんの少しの時間でも独占出来るのであれば誰にも話しませんよ。」
「馬鹿め、同じ地位にいると言うのに。」
ガーレスがセフィロスの座っている机のそばに立てかけてあった折り畳み椅子を広げて左となりに座ると、目の前にコーヒーの入ったカップが差し出された。そのカップを信じられないものを見るような眼で見た彼が声を上げた。
「え?!キ、キング!!」
「何を驚いている?貴様、先程コーヒーが飲みたいと言ったではないか。」
「え、ええ。それはそうですが…」
「クラウドの煎れたコーヒーだ、貴様にくれてやりたくは無いが、捨てるのも惜しいからな。」
セフィロスが”ふん!”と、そっぽを向く。しかし、それが上辺だけであることはガーレスにもわからなかった
* * *
その頃、ミッドガル3番街の「UNDER The SEA」の扉を開けて、クラウドとナタリーが出てきた。
「ね?凄かったでしょ?壁の中みんなお魚が生きて泳いでいるんだよ。」
「ええ、そうね。」
ナタリーは笑いをこらえながら息子のエスコートを受けていた。まるで子供のころに戻ったようにはしゃぐクラウドに、”まだまだ子供なんだから”と、思わず溜め息をつきそうになったが、目の前の息子はニブルヘイムにいた頃はいつも村の同年代の子に仲間はずれにされて、それを表に出す事なく冷めた顔で「あいつらなんか興味ないね」なんて言っていたのである。
その頃のクラウドと今のクラウドではまるで精神年齢が逆転している。
ナタリーはクラウドが自分に泣き顔を見せたくなかった為、我慢していた事を知っている。そのクラウドが年齢相応…いや、いささか幼い感じがするほど感情を表にだしているのがことのほか嬉しかった。
3番街の駅から電車に乗って、クラウド行き付けのスーパーにいき、食材を買い込んで二人の過ごすマンションへと歩いていく。そのセキュリティーの高さはさすが神羅の英雄がプライベイトを過ごすのにふさわしい。部屋に帰ったクラウドが冷蔵庫に食材をいれているとポケットの携帯がなった。
「はい、クラウドです。ああ、ザックスちょうどよかった。母さん来ているの知ってるだろ?ザックスに会いたいって言うんだ。」
「え?俺に?でも一人で行くのもなんだし、エアリスつれて行っていいか?」
「もちろん。食事も用意しておくから、うん、じゃあね。」
そう言って携帯をたたむと、いそいそとエプロン付けてキッチンへ立ちます。手慣れた様子はナタリーが後ろから見ていても安心して見ていられるほどで、この1年でクラウドがどれだけ料理の腕を上げたのかはよくわかります。
何もやることがないナタリーがリビングに入ると椅子に座ってTVを付けた。
TVボードの上にはいつもなら二人の結婚式の写真が飾ってあるのだが、母親が来ると言うので自分達の寝室のベットボードへと動かしておいた。おかげで彼女も何も不審に思っていない。
ぐるりと見渡した部屋から受ける印象は、とても温かく心休まる雰囲気だった。
難しい学術書の隣に料理の本が並んでいるのを見ていると、キッチンからクラウドの鼻歌なんか聞こえてくる。その姿を見ていると本当に自分の子は息子か娘かわからなくなっていた。
やがて地下の駐車場にセフィロスの車が止まった事を知らせる音と、来客が来た事を知らせると途端にクラウドがばたばたと動きはじめた。
テーブルセッティングを終えてエプロンを取り玄関へと歩いていくと、セフィロスとエアリス、そしてザックスが入ってきた。
「おかえりなさい、セフィ。いらっしゃいザックス、エアリス。」
「ん。」
「おう。来たぜ。」
「えへ。お招きいただきありがとう。」
三人三様のあいさつにクラウドがうなずくと、セフィロスの正宗を軽々と受け取る。そんな彼を見てザックスがびっくりした。
「クラウド、おまえセフィロスの正宗が持てるのかよ?!」
「え?あ、うん。」
「俺には重くて持てねえんだけど。」
「正宗とて持つ者を選ぶ権利が有る。」
「う〜ん、いけずぅ〜〜。優しいくせにつれない御方。」
ザックスのおふざけにクラウドの後ろにいたナタリーが吹き出した。それを知ってザックスが目を丸くして手をばたつかせる
「うっわ〜〜!!クラウドの母さんいたんだっけ?!やっべ〜〜!!」
「やばいって、もう遅いと思うけど。」
「ゴメンねザックス。昨日さんざんクラウド君のお母さんに話しちゃった。」
にこにこと笑うエアリスとクラウドの顔を見てザックスが何とも言えない顔になる、そんな姿をまだうら若い母親が笑顔で見つめていた。その笑顔がクラウドの笑顔に似ているのでザックスも思わず笑顔を浮かべる。
「親子だな、クラウディアの笑顔だ。」
「そうかなぁ?」
「うん、そうね。金髪碧眼になっちゃえばソックリだと思うわ。」
「そうだな、お前はナタリーに似ている」
「こ〜ら、セフィロス。母親を名前で呼ばないの。」
「?何故だ?」
「セフィロス、私は貴方の母親になるんでしょ?」
「それはそうだが…」
「それならば”母さん”と呼びなさい。」
ナタリーの突然の宣言に渋々うなずくセフィロスを満足げな顔でクラウドが見つめていた。キッチンに入るとザックスがクラウドに話し掛ける。
「そういえば、19日の誕生会だけど。俺タキシード持っていないんだ。」
「俺はたぶんマダムとデビッドさんのおもちゃなんだろうけど、タキシードはセフィだけでいいと思うよ。スーツでいいんじゃないかな?」
「私もドレス持っていないわ。」
「普通のワンピースでいいと思うけど、俺の奴でよければ持って行ったら?」
「入るわけないでしょ?!クラウド君細いんだもん。」
「19日って、クラウドあなた誕生日は11日でしょ?」
「あ、19日はクラウディアの誕生日。だから俺は”おもちゃ”なの。」
そう言いながらクラウドはここにはいない二人のトップデザイナーを頭に浮かべる。その二人が発起人ゆえ、どういうカッコをさせられるかわかったもんじゃない。ただでさえ”クラウディア”でいると言うことは女装すると言う事だ。
クラウドのため息をナタリーは横目で見ながら、自分の息子が昔から女の子呼ばわりされる事がどれほど嫌だったかを思い出していた。そして、その嫌な事を我慢してもセフィロスの隣にいる事を望んでいるかを思い知らされた。
「クラウド。私、明日にも帰るわね。」
「え?!もっとゆっくりして行けばいいだろ?!」
「都会には居辛くて、私にはニブルのような田舎が性にあっているわ。」
「そう…ねぇ、セフィ。」
クラウドが何も言わずにセフィロスの顔を見ただけであったが、彼には愛妻の言いたいことがすぐにわかった。
「そうだな、明後日にニブルの魔晄炉への輸送隊が出る。その輸送機に同乗するぐらいなら出来よう。」
「ありがとう。でもランスロット統括の許可無しで大丈夫?」
「ああ、あいつの休暇中は全権をあずかっている」
ザックスがセフィロスの言葉を聞いて思わず突っ込みを入れた。
「そういうのを私利私欲に使うっていうんだぜ。」
ばこん!!
大きな音を立てて、ザックスの頭にセフィロスの拳がヒットした。
ナタリーが再び目を丸くしているのをみてクラウドが不思議そうに尋ねた。
「母さん、何をそんなにびっくりしているの?」
「え?だって…あの英雄セフィロスが手加減しているなんて…しんじられなくて。」
「うん、そうだね。手加減していなかったらザックスは今ごろ頭蓋骨陥没骨折だろうね。」
ナタリーがクラウドの言外の意味を汲み取り緩やかに微笑んだ。
「セフィロス、そう言うことのできる友達をたくさん作りなさいね。それから私は一人で帰るわ。軍用機で帰ってごらんなさいよ、村の人にどういう目で見られるかわかった物じゃないわ。」
ニブルヘイムは小さな田舎の村である。ちょっとした事で仲間はずれになるのは日常茶飯事、神羅カンパニーが魔晄炉を建設していた頃は仕事もたくさん有ったようだが、今ではさびれてしまい、住民は豊かとはいえない土地を耕して細々と生計を立てていた。
そんなところに神羅カンパニーの飛空挺で入ったらどういう目に逢うかわかったものでない。
クラウドがさみしげな顔で母親を見てうなずいた。
「俺の送ったお金、きちんと使っている?」
「あれは貯金しているわ。元々なくても生活できるもの…。」
ナタリーはクラウドから送られてきているお金に手をつけずに、自分の夫の労災年金と近くの店で働いたお金で生活していた。そんな母親を楽させてあげたくてクラウドはお金を送っていたのであった。
「母さん、ニブルヘイムに居ないで、ミッドガルがいやならカームにおいでよ。」
「そうだな、カームなら車で30分ほどだし、ニブルのように自然に囲まれていて落ち付いた暮らしが出来る。」
「ありがとう、あなた達がカームに引っ越したらそうするわ。」
「そうだな、悪くはないな。考えておこう。」
「約束だよ、母さん。3人一緒に暮らそうよね。」
「そうね、私がおばあちゃんになったらね。」
クラウドと交わした約束はこの先40年以上はかなうことがないとナタリーは思っていた。自分が年をとって動けなくなるまでは一人でいるつもりだったのである。
クラウドはそんな母親の気持ちを察して何も言えなくなっていた。そんな二人の会話をエアリスが聞き取ってセフィロスに耳打ちする。
「ね、パパの実験がうまくいくといいね。」
セフィロスがエアリスの言葉にかすかにうなずいた。
その夕方遅くなってからザックスに送られてナタリーはホテルへと帰って行った。そして翌日、二人の息子に内緒で朝早くこっそりとニブルヘイムへと帰って行った。
朝ご飯を済ませてセフィロスを見送った後、母親がいるはずであろうホテルにクラウドが現れた。
エレベーターに乗り込み母のために借りた部屋の前に行くと、部屋の扉が開いていてハウスキーパーが部屋の掃除をしていた。
「ご苦労様です。この部屋を借りていた女性はどちらへ?」
「さあ?もうチェックアウトされたようですが。」
「え?!」
クラウドがあわててロビーへと降りて確認をすると、ハウスキーパーの言っていたことは間違えではなく、本当に母親はもうミッドガルにはいなかったのであった。
クラウドは泣きそうな顔でホテルを後にした。
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