俺様主義のセフィロスとは逆に、クラウドはまわりの大人の顔色をうかがって生きてきた子供だったので、自分が起した過ちに真っ青な顔をしていた。
急に黙り込んだクラウドを心配してセフィロスがのぞき込む。
「クラウド、食事にしないか。ん?どうしたというのだ一体。」
「セフィロス。俺、俺…どうしよう、アイシクル・エリアって雪が凄いんだよね?モンスターも強くて、本当なら俺達が行くべき場所だよね?俺が…俺が身分不相応にもクラスSソルジャーを睨みつけなかったら、ひっく……えっく……サ、サー・ガーレスがわざわざ……ひっく…い、いかなくても…えっく……よ、よかったんだよね。」
「な、泣くなクラウド。ああ、お前に泣かれると、どうにかなりそうだ。」
ボロボロと涙をこぼすクラウドを抱きしめて、そのままキッチンまで歩いて行き、椅子を引きずり出すと愛しい少年を膝の上に抱くようにして座り、ハニーブロンドに指を通しながら撫でるように髪をすく。するとやっとクラウドが落ち付いてきたのか泣きやんでセフィロスを見上げた。
「アイシクル・エリア行きは毎年順番に回ってくるのだ。去年が我が隊で、今年は元からガーレスの隊にする予定だったのだ。なんならランスロットに聞いて見ろ、お前は悪くないのだよ。」
優しく髪をすかれてゆるやかな笑顔でセフィロスが伝えることは、間違ったことがなかった。それでもクラウドはついつい自分を攻めてしまいがちになるのである。そんな儚げなクラウドと目の前の美味しそうな食事をいつまでも我慢出来るセフィロスでもない。クラウドを強引に椅子に座らせるとさっと私服に着替えて戻ってくる。席に座るとさも嬉しそうにクラウドに話しかけた。
「さぁ、もう食事にしよう。お前のせっかくの手料理が冷めてしまう。」
そういうとテーブルに置かれていた食事に手をつけはじめる。一口食べるといつものようにどんなシェフが作った物よりも美味しく感じるので思わず囁く。
「うむ、やはりお前の作った料理は美味いな。」
その一言でクラウドの顔がぱぁっと晴れた、にっこりとほほえむとさも嬉しそうな顔で少し照れる。
「よかったぁ。俺、料理ぐらいしか出来ないもん。」
「そんな事はないぞ、お前でしか出来ないことがまだたくさん有る。」
「ええ?!そ、そうかな?」
「ああ、いろいろと…な。」
そう言ってセフィロスは意味深に口元を少し釣り上げた。
食事を終えて食洗機に軽く拭いた皿を入れてスイッチを入れると、夕食の後片づけが終る。クラウドはいつものようにコーヒーをドリップして、セフィロスにブラック、自分にはミルク一杯のカフェオレにしてリビングへと運ぶ。
ソファーにはいつものようにゆったりと座ったセフィロスが、先日発表された医学論文を読んでいた。
クラウドはそっと横に座ると、コーヒーをそれとなくセフィロスの視野に入る所におく。
香ばしい香と共にそばに居てくれる愛しい少年に目を細めると、セフィロスはカップを両手で持つクラウドの肩を抱き寄せる。
「お前にしか出来ない事を教えてやろうか?」
「い…いいよ。なんとなく一つはわかっちゃったから。」
「ほぉ…それで、その一つとはなんなのだ?」
「意地悪。そんな事口が裂けても言えないよ。」
「では、実践してやろう。」
「ちょ!!俺あした早出だから!!…んっ!!」
クラウドはセフィロスの腕の中から逃げ出そうとしたが、そんな事で愛する妻を逃がすほど英雄と呼ばれる男の腕力は弱くない。クラウドはやすやすと捕まっていつの間にかソファーに押し倒されて口づけを受けていた。
「私から逃げるとは悪い子だな、たっぷりとお仕置きをせねばならん。」
「あぁ……ん、ダ……ダメェ………ん!」
たっぷりとされる愛撫と繰り返される口づけに、クラウドが堕ちたのはそれから間もなくの事であった。
* * *
翌日、遅刻ギリギリに飛び込んできたクラウドに、夜勤のクラスA仲間がびっくりする。
「どうしたんだ?姫にしては珍しくぎりぎりじゃないか。」
「うん、ちょっと寝坊しちゃって…えへへ。」
「ああ、姫。ジョニーからなにかメッセージがあったみたいだぜ。」
そう言ってパーシーが机の上を指差すと、白い封筒が乗っていた。取り上げると後ろには蝋印が施されている。見たこともない封印にクラウドがびっくりした。
「え?なに、これ。」
キョトンとしたクラウドの手元を覗き込んだゴードンが目を丸くする。
「うわ、すげぇ!始めて見た、それ蝋印だぜ。」
「ロウイン??」
「ああ、上流階級の人しか使わないんだが、大切な文書を人に見られないように、蝋燭のロウを垂らして、家紋で封を押すんだ。開封したらすぐバレるだろ?」
「へぇ、さすがジョニー庶民とは違うね〜」
そう言いながら封を切った。
中から見慣れた文字で、母親の手術が成功したことと、自分のためにミッションを早めてくれた御礼が、きちんと書いてあった。
「まったく、他人行儀な奴だな。」
「そういえばジョニーって…今、休暇をとって実家に帰ってるんだよな?無事帰ってこられるのか?スッゲーお坊っちゃまなんだろ?」
「うん、シェフォード・ホテル・グループって知ってる?あそこのオーナーの御曹司だよ。」
「なんだって?!桁違いなお坊っちゃまじゃないか!?何でそんな奴が軍になんて居るんだよ?!」
「あいつはあいつなりに考えて入ったようだ、戦略と企業戦略が似ているとかいってたよ。」
パーシーとクラウドの会話を聞いてゴードンがため息をついた。
「はぁーーーー。それにしても…俺、奴に今度会ったらタメ口聞けるかな?」
「ん?なんで?ジョニーはジョニーじゃない。」
「俺の親父、シェフォード・ホテルに勤めるホテルマンだったりする。」
「……なるほど、でも知らなかったことにしてやってほしい。その方があいつが喜ぶからな。」
そう言うとクラウドはゴードンから引き継ぎ書をもらい、任務についた。やがて時間になってクラスA仲間達が出勤してくる。
早番で出勤したクラウドは何も無ければ夕方4時には退勤出来るはずだった。しかし携帯のスケジュールが夕方5時に6番街のホテルを表示させている。
「あ、今日はあっちの仕事がはいっていたのか。」
一瞬でクラウドの顔が曇る。
クラスAソルジャー達がそれを見て笑顔で居られるのは、その仕事がなんであるのか、彼らにはわかっているからであった。
「今日は何をやるんだ?クラウディア。」
「CM撮影、ミッドガル銀行だって。」
「なんでぇ、銀行員の制服じゃ面白くもないな。」
「ミッドガル・エア・ラインとかのCMは無いのか?キャビンアテンダントの衣装なんていいんじゃねえの。」
「俺、この間のジェファーソン製薬のCMの格好でもいいぜ、白衣の天使〜〜!」
仲間たちの会話にクラウドが大きな声を出す。
「お、俺は一体なんなんだよ〜〜?!」
「何って?スーパーモデルのクラウディアだろ?」
「世界の妖精と言われているモデルで、世の中の男性共の憧れの的。」
「その実態は下手なモンスターなら尻尾を巻いて逃げ出す地獄の天使。」
クラウドが諦めたような溜め息をついた
* * *
何事もなく時間は過ぎていき、間もなく16時になろうとしていた時、ランディがクラウドに声をかけた。
「ほれほれ、16時だぞ。お仕事に遅れるぜ、後は引き受けたからさっさと行けよ。」
「変に理解があるってのも、嫌なものだなぁ。」
クラウドはそう言いながら認識票をカードリーダーに通す。手をあげて執務室を去った後、愛車のバイクを引きずり出して、6番街へと走っていった。
6番街に到着すると、クラウドはバイクを置いてスタッフと会う為に一旦ホテルに入る。
ティモシーに指定された部屋は、死角になりやすい部屋で、クラウドがスタッフと落ち合う場所にはもってこいだった。 それでもまわりをよく見て誰も居ないことを確認し、ドアのそばのチャイムを鳴らす。クラウディアスタッフの一人、スタイリストのミッシェルが出迎えてくれた。
「あ、来た来た。さ、入って。」
ミッシェルはそう言うと、さっとクラウドの腕を掴んで部屋に引きずり込んだ。部屋の中にはマネージャーのティモシーと専属カメラマンのグラッグがコーヒーを飲んでいた。
「お疲れのところすみません。今日はCM1本だけですので、よろしくお願いします。」
「うん、わかった。」
そう言うと、クラウドはさっさとシャワールームに消える。彼がシャワーを浴びている間に、ミッシェルがその日着る服を用意していた。その服は銀行員の制服ではなく、いつものクラウディア・ブランドの一点物だった。
シャワールームから髪に雫を滴らせながらクラウドが出てくると、体のラインが出ないように来たサポートタイプの下着のうえからミッシェルが渡した服を着る。
凛としたソルジャーから可憐な妖精にかわる瞬間に立ち会える喜びを、クラウディアスタッフは密かに喜んでいた。それは目の前の少年が、自分達を信頼してくれている証拠であると思っていた。
クラウドがミッシェルに髪を整えてもらいながら訊ねた。
「ねえ?今日は事務服なんじゃないの?」
「ご冗談を!貴方に事務服なんて着せられないわよ。」
「それにしても今日のはいつもに増してひらひらしてるな。」
「クラウディア、その服着たら男言葉は辞めて下さい。あなたは世界の妖精なんですからね。」
「はぁ〜い。ん、もう早く辞めたいよォ〜〜」
「だ〜め。仮に正式にサーと結婚したと発表しても、貴方の人気はたぶん落ちないと思うわ。なにしろ英雄の婚約者から英雄の妻に格上げされるんですもの。」
「格上げ?うげぇ!!冗談じゃない。」
「まったく、男言葉禁止!ミッシェル早く女の子にしてあげてください。」
ティモシーの一言にミッシェルが嬉々とした顔でメイク道具を取り出しはじめた。逃げる訳に行かないクラウドはおとなしく化粧を施され、髪の毛をコテでくるくるとクセを付けられていく。
あっという間にフリルたっぷりの衣装が良く似合う美少女が鏡の前に座っていた。
「はぁ〜〜〜 つくづく自分が女顔だって思う瞬間だ。」
ため息を一つつくと、凛とした輝きを保っていたクラウドの青い瞳が、ゆっくりと閉じられる。やがてもう一度見開かれた時には、クラウドのまとう雰囲気が180度入れ代わっていた。
「では、いきましょう…ね。」
にっこりと笑った笑顔はクラウディアの天使の微笑みであった。優雅に立ち上がるとカメラマンが率先して扉を開ける。スタッフに囲まれてエレベーターに乗り込みロビーまで出ると、ロビーに居た人達が楚々と歩くクラウディアを見付けて唖然とする。
ひらひらした衣装がまるで天使の羽根の様にふわふわと揺れて、クラウディアの持つ可憐さを引き立てている。
スタッフに囲まれてタクシーに乗り込む姿を、ドアボーイが仕事も忘れてボーッと見ていたので、クラウディアスタッフに睨まれていた。
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