退社時間になってクラウドはいつものようにバイクを駆ってマンションに戻ると、キッチンで夕食の支度をする。
冷蔵庫にあまり食料品が無かったので残り物で料理を考えていた。
「う〜ん、エビとホタテの冷凍にほうれん草ときたら、シーフードグラタンだよね。」
そう独り言をつぶやくと、さっさと下ごしらえをしてベシャメルソースを作り、オーブンをセットして、あとは焼くだけの状態に持って行く。
しばらくすると地下の駐車場にセフィロスの車が止まった事を知らせるチャイムが鳴った。
クラウドがオーブンにグラタン皿を入れて焼きはじめると、セフィロスが玄関に到着したのであわてて迎え入れる。
「おかえり、セフィ。」
「ただいま、クラウド。明日から一週間旅行に行かないか?」
「え?旅行?どうしていきなり…」
「おまえが少し疲れたような顔をしていた事と…もう一つ、一緒になってから二人で旅行へ行った事がないしな。」
「セフィ…」
「今ごろになってしまったが、ちょっと遅い新婚旅行だ。」
クラウドが喜びのあまりセフィロスに抱きついた。
「ありがとう。でも、俺また女装するの?」
「お互い様になるかな?銀髪に魔晄の晄ともなると目立ち過ぎる。かといってお前の女装も今では有名になってしまったからな。」
「じゃぁふたりで茶髪にでもする?それなら俺も女装しなくていい。」
「髪色だけでイメージが違うからな、それも悪くないな…ふふふ。」
二人で食事をした後、荷物をトランクに詰めてパソコンで旅先を探す。
食事の美味しい処とか、風光明媚な所とか、二人で意見を出し会って、決めた行き先はウータイ北部の秘境の温泉。晩秋のこの時季ならば、キノコや山の幸が取れはじめているうえに、景色も錦を散りばめたように見事なものであると、宣伝文句が書かれていた。
それを読んだクラウドは既に浮き浮き気分だった。
「温泉って何?この写真だとお風呂みたいなんだけど…」
「お湯の中にいろいろな成分が混じっているらしいが、お湯の熱さが足りなくて後で沸かしている所もあるそうだ。それに普通の風呂とは違ってかなり広いぞ。」
「泳げるの?」
「地域によってはスパ・リゾートとか言ってそういう施設もあるが、ウータイはないな。」
「明日、朝一番の飛行機にしようよ。これなら到着時間からすると、向こうに行っても、ちょっとぐらい観光できるよ。うわー、嬉しいなぁ。」
クラウドの気持ちはすでに見も知らないウータイへと飛んでいた。きらきらと瞳を輝かせて訪ねてくる愛妻に、セフィロスはこの場で押し倒してしまいたいほどであったが、それでは明日クラウドが遅くまで立ちあがるのもままにならないのは目に見えている。
(この借りは向こうでたっぷりと返してもらうぞ。)
自分の中の欲情を必死に押さえながらセフィロスは、クラウドの言うとおり朝一番のウータイ行きの飛行機を予約した。
* * *
翌朝1番のウータイ行き飛行機に乗り込んだクラウドとセフィロスは、二人揃って茶色の髪にアンバーの瞳という変装をしている為に、周りにいる人たちは誰も気がついていません。
ウータイに到着しても誰からも注目されることなく、ごく普通に街を二人で並んで歩くことができる。その事がうれしくて…気持ちが緩んでいるのか、クラウドはセフィロスの手に自分の指をからめちゃったりして、おっぴらにいちゃついています。
「あ、そういえばウータイって同棲婚は認めているの?」
「ああ、つい最近認めたらしい。まだ偏見は有るようだがな。」
「ふ〜ん、まぁこのカッコならどっちかわからないだろうけど…、そういえばウータイに行くと言ったらミッシェルが頼みたい事があるって。このメールをセフィに見せてって。一体何?」
クラウドがミッシェルからもらったメールを見せると、セフィロスがうなづいた。
「ウータイの民族衣装を買って来いと言うメールだ。カレンダーに使う衣装だろう。ふむ、良い店を知っている、そこに行って仕立ててもらおう。」
「えー?仕立てるって…もしかしてオーダーメイドなの?」
「似たようなものだ。まあ、見ればわかる。」
そう言うとセフィロスはレンタカーを借りてウータイの町に入った。目的の店で止まるとクラウドが目を丸くする。
「な、なに?このお店。」
「だから言ったではないか。これがウータイの民族衣装だ、綺麗だろ?」
「クラウディアが着るんだよね?」
「当然、お前の物だ。」
しれっとした顔をして、クラウドの腰を抱き店の中に入ると、セフィロスは並んでいる豪華な布きれを一瞥した。
「ほら、あの青いのなどお前に似合いそうだ。」
「赤い奴よりはいいけどさ…」
きらびやかな布の滝のような店内は色があふれ出していて、中央にマネキンが何体か並んでいる。
それぞれがウータイの民族衣装を着ているのであるが、布の柄や色によってあでやかでもあり、落ち着いた印象のものもある。
この衣装を着るのか?と思うと、クラウドはもうため息しか出てこなかった。
いつの間にかセフィロスが店主に布きれを指定している。その柄を身近に見て軽くうなずくと、店主がクラウドに宛がう。
クラウドの白い肌にその布の色・柄は良く似合っていた。店主も納得してクラウドの身体を採寸しはじめた。
「ああ、店主。襦袢はピンク色、共襟と帯上げは赤、帯締めは銀色、帯は金色の錦織で頼む。」
「お客様、良いお目をお持ちですな。」
そういうと店主はちょいちょいと言われた物を並べた。ふたたびセフィロスがうなずくと店主が電卓で金額をはじき出した。
「占めて1万ギル(1ギル=100円計算)でございます。」
「ふむ、そのぐらいはするか。領収書を頼む、名前はミッシェル・ファビオンで頼む。」
言われた通りに領収書を切った店主に、クラウドがクラウディア名義のカードを渡した。
何も不審に思わず店主が一括清算の手続きをしながらクラウドににこやかに話しかける。
「お客さん、モデルのレディ・クラウディアと同じお名前なんですね。」
「え?ええ、同じ名前って事だけで比較されちゃって、大変なんです。」
「そうかい、そりゃ大変だね。でもお客さんも結構な美人さんだよ。」
「…………………。」
言葉に詰まったクラウドに店主が首をかしげながら、仕立て票を記入していると、来上がりの受け取りをクラウディアの事務所に指定した。
注文が一通り終わったので、店主が笑顔で二人を店の前まで送りだす。
「出来上がりは約一ヶ月後です、確かにご指定のお部屋まで送付します。ありがとうございました。」
そういうと最敬礼のおじぎをするのを片手で制してセフィロスはクラウドの肩を抱き寄せて車へと戻った。
宿屋にいくため車で移動している間に、クラウドがミッシェルに言われた通りの事をメールしておくと、彼女から即”ありがとう、これで仕事が出来るわ”と返事が来た。
* * *
予約した旅館は離れの形式を取っていて,セフィロスとクラウド二人に、仲居さんが一人ついてあれやこれやと世話を焼いてくれる所だった。
仲居さんは中年のベテラン仲居で、やさしくテキパキと二人に対応してくれる。
「そうですかぁ、新婚さんでいらっしゃいましたか。ここの離れはまわりを気にしなくていいですから、ゆっくり出来るでしょう。お風呂も露天風呂が一つ付いています。私は御用がない限り参りませんので、なにかありましたらその電話でお呼び下さい」
部屋の説明をして、荷物を置いてくれたと思うと、一対の浴衣を出して、食事の時間を確認すると早々に部屋を後にした。
部屋の窓からは、一足早い秋がそこまでやってきているのが手に取るようにわかる。
黄色く染まり出した木々を渡る風が、涼しげに感じる。二人はゆっくりとお茶をすすりながらその風景を堪能していた。
「いい物だな、こういうゆったりとした時間も。」
「露天風呂って俺、始めてだよ。なんだかわくわくしちゃう。」
「なんなら一緒に入るか?」
「……………う………ん。」
真っ赤な顔でこくんとうなずくクラウドの肩を抱きながら、セフィロスの頭の中には勝利のファンファーレが高々に鳴り響いている。紙吹雪が舞い踊り、花火なんて上がりそうな雰囲気だ、よくぞ鼻血を我慢した!(え?!)
セフィロスとクラウドが、秘境の温泉でゆっくり、しっぽり、がっつり(ん?)過ごしている頃、ミッドガルではひと騒ぎ起こっていた。
反抗勢力が決起していると、元アバランチのリーダーであるセヴンスヘヴンのマスターが教えてくれたのであった。
決起の理由はわからないが、セフィロスとクラウドが、ミッドガルにいない事を知っての行動であるのはミエミエだった。
パーシヴァルとリック、ザックス、エドワードがランスロットの前で相談をしていた。
「隊長、副隊長抜きで特務隊を出す事は可能ですが、あの二人がいないと一個大隊いないのと等しいですから……」
「だが…俺達がサー・パーシヴァルの配下に入る事で何とかならないかな?」
「そうだな、せっかく休暇を楽しんでいる二人に邪魔を入れるとあとで永久凍土に閉じ込められる。」
「それしかないな。」
リックがパーシヴァルを見据え、姿勢を正し、敬礼してから発言した。
「サー・パーシヴァル。自分は一隊を率いたことはありません。特務隊はザックスが率いることはできませんか?」
「リック、自分よりも下級のソルジャーに一隊を任せる気か?」
「ザックスの実力で座っている席で無い事ぐらい知っています。」
「それで特務隊の連中が納得するのならばよかろう。」
パーシヴァルがうなずくと、ザックスとリックが敬礼して第15師団執務室を出て、その足で特務隊の執務室へと向かう。 ザックスが隣を歩く影の隊長にぼそっと話しかけた。
「リック、いくらなんでもトップが俺で大丈夫かよ。」
「お前なら、皆従うさ。」
「ヘン!おだてたって何もしねぇぞ!」
「ちぇ!木にぐらい登ってくれ。」
「それは”豚”だ。」
3年を共に過ごしてきた戦友であり、気心のしれた仲間であるザックスとリックは、この時点でセフィロスとクラウドが居なくとも、なんとかミッションをこなす事だけを考えはじめていた。
執務室に集まっている隊員達の前に二人で並ぶと、ザックスが口火を切った。
「ミッションだ、反抗勢力が決起していると情報のリークがあった。場所は2番街、22・09地点。明日第15師団と共に明日の朝5時に出動する。」
「ちょっとまった、質問いいか?隊長と副隊長抜きで出るのか?」
「ああ、そのつもりだ。だから第15師団と共同でミッションを組んだ。」
「誰が俺達を指揮するんだ?リックか?」
「いや、俺じゃない。ザックスだ。」
「ザックスか…」
「なんだ、やっぱ不満か?」
「いや、隊長と姫の居ない特務隊を引っ張れるのはお前しかいないよ。」
「右に同じく。」
「久しぶりの早朝出勤だね。起きられるかな?」
「実は俺も自信ねぇ…。」
隊員達に笑いが起こると自然と整列して一斉に敬礼する。ザックスとリックがとまどいがちに返礼したので、気心の知れた仲間たちから突っ込まれる。
「慣れてねぇなぁ。」
「慣れたくないね。」
「そうかな?姫だっていつまでもソルジャーやっていられないと思うけどなぁ。」
「ん?なぜだ?ジョニー。」
「俺が経営者なら、姫みたいな副業で本業並みに稼げる男は真っ先にリストラの対象だ。」
「まぁ、そうだろうな。そうなるとセフィロスもソルジャー引退して統括か。」
「ザックス、うまくやれよ。お前しだいで隊長はいつでも引退出来るんだぜ」
「お?!いいねぇ、俺がセフィロスを引退に追い込むなんて夢の夢だぜ。」
「良く言うよ。」
「まぁ、姫には恩もある事だし、せいぜいサポートさせてもらうぜ。」
「お、嬉しいねぇ ま、そう言う事でよろしく!」
にっかと笑ったザックスに隊員達が肩をすくめた。いつのまにか奇妙な連帯感と”俺達がしっかりしなきゃ”という個々の責任感が芽生えていた。
そしてどういう作用が働いたのかはわからないが、ザックスの指揮する特務隊は、いつもと変わらない働きをして、ランスロット統括以下クラスSソルジャー達をびっくりさせるのであった。
これには仮の隊長に推薦したリックもびっくりする。
「へぇ、やればできるもんだね。」
「へへん、どうだ、参ったか?!」
「恐れ入りました。ザックス、やるじゃん。」
特務隊の仲間が珍しくザックスを誉めているときに、パーシヴァルが執務室を顔を訪れた。
「本当、参ったな。ザックス、クラスSに早く来い。」
「もうちょっと修行してセフィロスをぶち抜けるようになったら上がりますよ。」
真面目に不真面目な答えを言うザックスにリックが後ろから頭を小突いた。
「おまえ、マジで特務隊から抜けないつもりか。」
「おうよ、こんなにいい部隊ないぜ。」
「まぁ、それもいいか。」
呆れたような顔をしてパーシヴァルが執務室を後にした。
ザックスがすぐに机に座り、珍しく進んで報告書を書き上げるのを隊員達が目を丸くして見ていた。
* * *
後日、休暇が明けてカンパニーに出社してきたクラウドとセフィロスに、全員で”本当だ!”と力説しても全く信じてもらえなかったのは、ザックスの今までの書類の提出が遅れに遅れていたのを二人が誰よりも知っていたからであった。
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