セフィロスに視線を送るたびに振り向いてももらえないばかりか、難しい顔をして考え事をしていた。
 クラウドはそんな彼を見ていると、サー・ランスロット達とやっているカンパニーの将来の事が、きっと重くのしかかっているとしか思えなかった。
 それなのに自分はセフィロスに何もしてあげていないと思うと、次第に気持ちが落ち込んで行き、笑顔すら浮かべることができなくなっていた。

「ひっく…ご、ごめんなさい……えっく…ううっ…」
 一旦泣き出したら止まらなくなってしまうのをスタッフはよく知っていた。
 スタイリストのミッシェルがあわててメイク道具をひっつかみクラウディアのそばに駆け寄る。
「あ〜あ、もう。泣かないの、お化粧取れちゃうでしょ。」
「ううっ…ごめん、ミッシェル。えぐっ…えぐっ…」
 急に周りがばたばたしはじめて、やっとセフィロスが顔を上げる。するとクラウドがなぜだか泣いているのが目に飛び込んできた。
 ミッシェルとティモシーに囲まれてボロボロと涙を流しているクラウドを横からさらうと、抱きすくめるようにして声をかけた。
「クラウディア、何を泣いているんだ?」
「だって…だって…サーは本当はここにいてはいけないのでしょ?今さっきだってお仕事の事を考えて見えたもの。わ…私は大丈夫ですから、お仕事に行って下さいませ。」
「は?お前は何を勘違いしているのだ?」
「勘違いも何も、サーは先程からずっと何か考え事をされていて…きっとお仕事で忙しいのに私が無理を言った為に…ぐずん…」
「ああ…そうか。私が考え事をしていたのはな、どうしたらお前を守ってやれるのかと言うことだ。」

え? お…俺を?
「ああ、そうだ。昨日のあれだとて、ルーファウスが何か手を回したのだろう?まったく、油断も隙もない。ルーファウスなんかに気を許すな。」
「だって、あれはルーファウスさんが…」
「ルーファウスと私と、どちらの言う事を聞くと言うのだ?」
「そ、それはもちろん…セフィにきまって…ぁっ!!」
 クラウドが何か言おうとしたのだが、セフィロスの唇でふさがれてしまった。ついばむような口づけからはじまってキスが次第に深くなって行く。息をも奪われるような激しい口づけに、次第にクラウドの腰が砕け、唇の端から止めどなく唾液が流れていた。

 やっとキスから開放されたクラウドの瞳は潤み、頬は朱に染まりつんと尖った唇は赤く色付いていた。
「早く終わらせておいで、ひさしぶりにお前と歩きたい。」
「え…あ、はい!」
 満面の笑みを浮かべてうなずくクラウドをスタイリストのミッシェルががっちりとホールドして化粧を治しながらつぶやいた。

「まったく、泣かせるぐらいなら最初から考え事などしないで下さいませ。」
「み、ミッシェル!!おねがい、サーを怒らせないで。」
「私は可愛い妹が泣かされるのは嫌なの!!英雄とも呼ばれている貴方が最愛の女性を泣かせるなんて…そんな人なら私あなた達の結婚に反対するわよ!」
「み、ミッシェル〜〜〜」
 クラウドは信じられなかった。エアリスにしろミッシェルにしろ、事実を知っていて、それでも自分を好きだといってくれる女性はまるで自分を守るかの如く、英雄と言われているセフィロスに向かって凄む時がある。
 もちろん力でかなう訳がないし、十二分にそれを知っているはずである。にもかかわらず、ミッシェルもエアリスもセフィロスに文句を言い、セフィロスが苦笑を漏らしながらその文句に甘んじている。
「お前には姉が何人いる事になるのかな?」
「一人っ子なんだけど…エアリスも同じこと言うの。」
「ミッシェルの思いは私と同じです。あまり泣かせるようでは、サーのおそばに置いておく訳に行きません。」
「まったく、私からクラウディアを取ろうと言うのか?冗談では無い。そんな事をされては私が動けなくなる。」
「手放したくないぐらい惚れているなら泣かせないで下さい!」
「わかった。肝に銘じておこう。」

 クラウドが成り行きを見て、ほっと安堵の息を付きながら、グラッグに指定された位置につく。
 残りの撮影をすべて終えると、セフィロスはクラウドの腰を抱き寄せて、スタッフに別れを告げてスタジオを後にした。


* * *



 久しぶりのセフィロスとのデートは、たとえ自分が女装していても嬉しい。
 顔を上げると、すぐそばにある愛しい人の笑顔を見ながら、クラウドは嬉しくてついつい微笑んでしまっている。その笑顔とそのスタイルで周りから注目を浴びようと、堂々ととなりにいられる事が嬉しくて仕方がない。
 無邪気な天使の笑顔を独り占めしているセフロスは、戦地に経つ姿とはうって変わり優しげな笑顔をクラウディアに向けている。
 ショッピングモールであれやこれや見ながら歩いていると、先日入ったアロマテラピーの店があった。
 その店の雰囲気を外から見ただけで、よくクラウドが入った物だと、セフィロスは感心していた。
 女性の好みそうな内装は、どうしたって命がけで戦っている戦士の入るような店では無い。それをクラウドは自分の為にクラウディアの姿になってまで、この店に入り買い物をしたのである。今さらながら隣に立つ愛しい少年が、どれだけ自分の事を愛してくれているか思い知らされたのであった。

 買い物を終えてお腹が空いて来たので、近くにレストランが無いかと探すと、目の前の店から見覚えのある少女が出てきた。

(や、やばい!!ここ7番街のセブンスヘヴンじゃないか!!)

 思わず背中に冷や汗をかくクラウドを、そうとは知らずに黒髪の少女が認めてにっこりと笑った。
 セフィロスが見覚えがあるので軽くうなずくと、隣りで体を固くしているクラウドに気がつく。
 それでもなぜクラウドが体を固くしたのかわからないセフロスは、食事の出来そうな店の前に来た事が解ったので話しかけた

「クラウディア、お腹が空いただろう?この店はまあまあイケるぞ。」
 セフィロスの言葉に目を丸くして、クラウドが顔を上げた。ちょっとむかつきながらクラウドが完璧にクラウディアモードに切り替わった。
「そうですの?でもサーが行かれるようなお店にはみえませんわ。」
「いや、私の副官がこの少女と幼なじみなのでな、少しは協力してはやらないかね?」
 セフィロスの言葉に今度はティファが驚いた。
「え?ウチに来て下さるんですか?店長引かないかしら?」
 ティファも店長のバレットが、元アバランチのリーダーであることを知っていた。つい最近までは敵視していた男を客として迎え入れられるのか心配したのだった。クラウドにはそんなティファの心配がよくわかった。
「可愛らしいお嬢さんですのね。サーがお気に召されているのではないのですか?」
「まさか…お前の方が綺麗だ。」
「はいはい、店の前でいちゃつくのは勝手ですけどね、プロのモデルさんと比較されたくありませんわ。で、どうされますの?そろそろランチタイムに入るから、お客さんたくさん見えますよ。きっと貴方のような方が店にいたら動物園の人気動物状態でしょうね。」
「お客様に迷惑をかけたくないわ、それにお部屋に食材がたくさん有ります。」
「そうか、残念だな。こういう店で食べるのもたまには良いと思ったが、煩いのはかなわんな。」
「半日貸し切りが出来るのでしたらお知らせいたします。」
「良い店員だな。」
 ティファがセフィロスに一礼すると、きびすを返して歩きはじめる。一歩遅れてクラウディアが付き従うように歩く後ろ姿を見ると、ティファは一瞬目をこすってしまった。
 自分が良く知っている少年にソックリだったのである。
 しかし、どうみてもトップモデルのクラウディアと自分の知っているクラウドを重ねることができない。
 スカートから覗く白い足首など、自分より細そうである。ピンヒールをはいて優雅に歩く姿はまさしくモデルとしか見えなかった。
「クラウドに怒られちゃうよね。」
 思わず心の中でクラウドにあやまっていたのであった。


* * *



 一方ティファの気配が消えたのを確かめてから、いきなりクラウドがセフィロスに向き合うとむくれた。
「意地悪。知っててやってるんだ。」
 そう言うと組んでいた腕をはらりと離し、つかつかとヒールの音を立てて早足で歩き去ってしまった。
 セフィロスがあわてて後を追ったが、クラウドはモデルの仕事をやっている為に、他人を巻く事などなれっこになっているのであっというまに見失ってしまった。

 あわてたのはセフィロスである。
 モデルの姿をしているとはいえ、クラウドは一流の戦士だと言うのに、どこかで変な男に捕まっていないかと変な考えが起こる。いきなり駆けだすとあちこちを捜し回った。

 クラウドは巧くセフィロスの追跡を振り切って、いつのまにか電車に乗り込んでいた。
 一旦マンションへ戻ると白のロングコートと下着をリュックに詰め込んで、愛車のバイクでマンションを飛び出した。
 エアリスに電話をして8番街へとバイクを向けた。


* * *



 8番街フラワーショップ「Ange」にクラウドがバイクを止めて通用口から入ってきた。
 エアリスがびっくりしたような顔をして迎え入れる。
「クラウド、一体どうしちゃったの?」
「エアリス〜〜、セフィが酷いんだよ〜〜!!!」
「ひどいって、あの人がクラウドに何をしたの?!」
「あのね…話すとちょっとややこしい事なんだけど…」
 クラウドは涙と鼻水の入り乱れた顔をエアリスにティッシュで拭かれながら、ニブルヘイムにいた時にティファと言う少女に憧れていたこと、その少女が自分を追いかけてミッドガルに来たこと、今7番街のカフェバーに住み込みで働いている事、その店のマスターが元アバランチのリーダーと言う事、彼女も店のマスターも白のロング姿のクラウドをよく知っている事を話した。