ザックスの心配は当たってしまっていた。
 クラスS執務室になだれ込もうとしたザックスが扉をこっそりと開けようとした途端、ドアノブの冷たさにあわてて手を離した。その事実を小声で後ろに伝えると全員が状況を理解する。
「やっべー…兄さん御機嫌斜めだ。ドアノブまで氷ってる。」
「こっそりと回れ右だ。」
 クラスS執務室前で固まっていた連中が、そっと後ろを向いてクラスA執務室に戻ろうとした時、全員の足がなぜか止まった。
「お、おい…」
「ま、まさか…」
 異様な雰囲気にそっと振り返ると、クラスS執務室の扉が開き中からブリザードが吹き込んできていた。
 扉を開けたのはクラスSソルジャーの一人、ライオネルであった。
「貴様達、ここまで来て逃げる気か?」
「に、逃げるも何も、用事を思い出しただけですよ。」
「そ、そうです。」
 蒼い顔で言い訳するクラスAの連中に向かっている吹雪が一気に強くなっていた。
 気がつけば目の前に最低最悪の寒気団を背負ったセフィロスが立っていた。
「ほぉ…クラスAがぞろぞろと首をそろえて何しに来た?」
「いえ、あの…その…」
「暖房でも切れたのかと思って…」
 パーシーの返事にこめかみに血管を浮かび上がらせてセフィロスが氷の微笑みを浮かべていた。
「うわーーー、久しぶりに見るな。」
「ああ、姫とであわれてからあまり見なくなった氷の微笑みだ。」
 ザックスとリックの小声でのささやきですらセフィロスにはまる聞こえである、ブリザードが一層激しくなった。
「そうか、そんなに可愛がられたいか。全員、武闘場へ直行せよ!!私が鍛えなおしてやる!!」
「うひゃ!!」
「う、嬉しいような悲しいような。」
 セフィロスに睨みつけられて肩をがっくり落しクラスAソルジャー達が武闘場へと歩いて行った。
 その後ろからは一時的に氷河期から逃れることができたクラスSソルジャーの安堵の吐息が漏れてきたのであった


■ ■ ■



 武闘場へ入るとクラスAソルジャーがセフィロスの周りをぐるりと取り囲む。
 セフィロスがゆったりと構えると、クラスAソルジャー達が一気に組みかかった。しかし怒ったセフィロスほど恐い男は居ない。26人からいたはずのクラスAソルジャーを1時間もかからずに全員ノックアウトしまったのであった。
「にーさん…バケモノかよ。」
「ふん!貴様達ではストレス解消にもならんな。」
 きびすを返してクラスS執務室へと帰って行くセフィロスをボロボロにやられたクラスAソルジャー達が立ち上がる気力すらない状態で見ていた。
 ふと気がついたようにリックが立ち上がると携帯片手に武闘場を飛び出した。
 リックはつい先日手に入れた携帯番号をプッシュすると、クラウディアスタッフのミッシェルと連絡を取っていた。
「あ、ミッシェルさんですか?リックです。実はお聞きしたい事があって…姫の事なんですけど、今日確か会ってますよね?」
「姫ってクラウド君?ええ、つい一時間前までエステサロンに行ってポスターの撮影をしていたわよ。」
「そのあと誰か女の子を連れて何処かへ行ったと言うことはないでしょうか?」
「よく知ってるわね。エアリスと一緒にスーパーへ行ったみたい。」
「エアリスさんとですか?助かった!また何かあった時は電話してもいいですか?」
「え?ええ、こっちこそ、またクラウド君の動向を教えてね。」
 お互いの知りえた情報を相手に渡す。本当ならばやってはいけない事なのであるが背に腹は代えられない。その情報がないおかげで業務に支障が起こるのであれば契約違反にはならないであろうと、この時ミッシェルもリックも思った。
 利害の一致した二人は変な絆で繋がってしまったのであった。

 この二人はこの後なにかと色々とあるのであるが、それはまた、先の話しの事なのでココでは省略させていただき話しを戻そう。

 ミッシェルからクラウドのデート相手がエアリスであると教えてもらったリックが、武闘場から出てきたザックスに話しかけた

「ザックス、お前の彼女って浮気性じゃないよな?」
「エアリス?そりゃあれだけ可愛けりゃ男がほかって置かないだろうけど、俺みたいないい男がいるのに浮気する訳ねえだろ。」
「その自信はどこから来るんだよ?さっきの話だが姫の頬にキスしたのがお前の彼女だとしても信じるのか?」
「その情報は確かなのか?」
「情報元が誰かぐらい推測付くだろ?」
「ん?ああ、クラウディアスタッフのミッシェルか?俺が安心していられる理由は3つある。一つはクラウドが旦那一途の嫁だって事。2つめはエアリスに取ってクラウドは妹みたいな者だって事。もう一つはエアリスだってクラウドがどれだけ旦那に惚れてるのか、よく知っているということだ。」
 ザックスの言葉を受けてリックが他のクラスAソルジャーを振り返って聞いた。
「ならばクラスAの諸君、この事を隊長に言うべきだと思うか?」
「当然だ、世界平和の為に報告するべきだ!!」
「職務環境の悪化を防ぐ為にも報告するべきだろうな。」
「それはいいんだが、誰が行くんだよ?」
「行きたくない!行きたくない!!行きたくない!!」
「一つだけ方法があるが、うまくいくかな?ちょっとやって見るわ。」
 そう言うとザックスが携帯を取り出してクラウドに電話を入れた。
「あ、クラウド?おにーちゃんだよ。何?おまえ俺のエアリスとデートしてたんだって?ほっぺにチュウだなんて後でしばくぞ」
 携帯の電話口でクラウドがびっくりしたような声で答えた。
「え?!何で知ってるの?」
「クラスBの連中が巡回中に見たんだとさ。そのおかげで今クラスS執務室が氷河期に突入している。」
「俺がエアリスに何されてもセフィがやきもち焼くわけないじゃん?」
「エアリスと言う固有名詞が出ていなければ思いっきり焼くとおもうがな?」
「あ、じゃあセフィに電話入れなくっちゃ。クラスSの皆さん氷っちゃうよね?」
「事実凍ってるよ。」
 そう言うとザックスは電話を切った。


■ ■ ■



 自宅のキッチンで呆れたような顔をして携帯を見ていたクラウドにエアリスが近寄ってきた。
「どうしたの?」
「どうしたって…君と一緒に居るのを下級ソルジャー達が見てたらしい。君の事を俺の浮気相手だって噂がザックスのところまで入ってきたんだ。」
「わたしが?クラウド君と?!キャーーー!!うれしい!!」
「嬉しいって…セフィの居る執務室、今氷ってるらしいんだ。」
「やきもち焼いてるんだ。ほら、クラウド君。彼に電話入れなきゃ!!」
 エアリスに言われて携帯のアドレス帳からセフィロスの番号を呼び出す。2コール目にセフィロス本人が電話を取った。
「あ、セフィ。今電話していいかな?」
「ああ、かまわんぞ。何の用だ?」
「うん、あのね…」
 クラウドが話しかけようとした時に横からエアリスが口をはさんだ。
「あ、セフィロス?!クラウド君ね、お肌すべすべよーー!!今日ね、エステに行ってお肌のお手入れしたの。もうほっぺなんてプニプニしてて気持ちいいんだから、早く帰ってこないともう一回チューしちゃおうかな?」
「ふん、言われなくともわかっている。それよりも、なぜそこに居る?」
「ええ?だってお料理ならってるんだもん、いいじゃない。ああー!!まさか奥様が見知らぬ女と浮気してるとでも思ってた?!」
「切るぞ!!」
 ブチッっと音を立てて電話が切られた。
 エアリスが緑色の瞳を輝かせてけらけらと笑っている。
「うーーん、もう。素直じゃないんだから!」
 この時クラウドは”エアリス・・恐い”と素直に思った。


■ ■ ■



 一方クラスS執務室で電話を目敵のように睨んでいたセフロスは氷河期まで下がった室温を更に降下させているようです。
 しかしクラスSソルジャーもセフィロスの電話の内容が聞こえていたので(この辺はソルジャーとしての強化能力の一つ)今だに自分たちの盟主が周囲にブリザードを発生させている理由がわからなかった。
 パーシヴァルとトリスタンが恐る恐る話しかける。
「キング…奥様はザックスの彼女と一緒だったんですね?」
「姉と弟のような関係だとか…」
「それがどうした?!」

 ついっと立ち上がると”びょおーーーーーーー!!”と音まで立ててブリザード発生させながらセフィロスが執務室を出て行った。
 クラスSソルジャーが後を追い掛けると、セフィロスはクラスA執務室に入って行った。
「ザックス、いるか?!」
「あん?どうした」
「貴様、あの花売り娘にどう言う教育している?!」
「どういうって…エアリスの親ならガスト博士でしょ」
「エステに行ったばかりの私の妻の頬にキスして、自慢したのだぞ!!」
「あのなー!それをやきもちと言うんだぞ!」

         ごいん!!

 派手な音を立ててセフィロスの鉄拳がザックスの頭にヒットする。ザックスが涙目で頭を撫でていると、やっと気がすんだのかセフィロスが執務室を出て行った。
「ちぇ!俺こんな役ばっかり。」
「お前にしか出来ねぇよ。」
「ザックス、よくキングの鉄拳を…」
「何回目だ?」
「んなもん忘れたよ。両手で数え切れねえだけ殴られてる。」
「だから書類が書けないんだな。」
 パーシーの一言でクラスAソルジャー達が爆笑した

 一方、ザックスをぶん殴って少しはすっきりしたセフィロスは、絶対零度まで下がっていたクラスS執務室の気温を物ともせず平気な顔で執務をこなしていた。
 そしてやがて仕事を終えたのか、今だに絶対零度の冷気をはらみながらセフィロスはクラスS執務室を後にして自宅へと帰って行った。
 セフィロスが部屋に戻るとエアリスは既に帰った後だったのか、クラウドが一人で部屋にいた。
 いつものように玄関へ迎えに来てくれるクラウドを抱き寄せてしっかりキスを味わった後"ほおずり"なんかしてしまいます。
 セフィロスの行動がいつもと違うので思わずクラウドが聞いた。
「セフィロス、どうしたの?」
「いや、エステに行ってきたのであったな。」
「うん。エアリスがねエステに行くと気持ちまでリッチになるって言ってたけど、俺にはどうしてそう言う気持ちになるのかわからなかったよ。」
「他人にマッサージされて気持ちが良くなるからではないのか?」
「気持ち…よかったのかなぁ?肌がすべすべになったのは確かだけど…」
「お前の肌はいつも艶やかですべすべだ。」
「ば…馬鹿ァ。」
 上目使いで真っ赤になって紡がれるクラウドの「馬鹿ァ」の一言は余りにも艶っぽくて思わず抱きしめる腕に力が入ってしまう。セフィロスの唇がクラウドの唇から頬、そして首筋へと移って行くとその滑らかな感触に口元を一瞬ゆるめるが、ふとこの感触を自分よりも先にエアリスが味わったのかと思うと無性に腹が立ってきた。 < だから、それはあんたの独りごち!
 次第に息が揚がっていくクラウドはセフィロスの胸を軽く腕で叩いています。

「セフィ…食事…」
 荒くなってきている息を必死で治めながら、セフィロスを引き剥がそうと必死になっている。いつものクラウドならば簡単に力が入るのだが、セフィロスに溶かされかけている今の彼には、どんなに必死になって抵抗しても「のれんに腕押し」「ぬかにクギ」「柳に風」なのであった。
 そんな愛妻を小脇に抱えながらもう一度頬にキスをすると、やっと抱きしめる腕を放して、セフィロスはクラスSの証である黒革のコートを脱いで私服に着替えるのであった。