セフィロスが迎えに来てくれたので一緒に帰ろうとしたクラウドは、ミッシェルにちょっと腕を引っ張られて引き止められた。
「あのこと…サーに内緒なんでしょ?あとでエアリスの家に持って行くわ。」
 こっそりと耳打ちしてくれたミッシェルの言葉にクラウドは目を輝かせた。
「本当!?」
「ええ。でも、サーの事をほったらかしにすると、あとで倍になってはね帰ってくるからそこのとことはきちんと説明しておくのね。」
「もう。ミッシェルまでそう言う事を言うんだから!」
「お疲れさまです、クラウド君。では、サー・セフィロス。うちのお姫様をよろしくお願いします。」
「ふん、私から奪っているくせに良く言う。」
 そう言いながらクラウドの腰を抱き寄せてセフィロスが去って行った。クラウディア・スタッフはそんな二人の後ろ姿を笑顔で見つめていた。

 セフィロスは車を走らせながら、部屋に帰る前に腹ごしらえの為にどこかへ寄ろうかと考えたが、時間が時間なのでファーストフードか24時間営業のコンビニしか開いていない。仕方なく通りすがりのファーストフードのドライブスルーでハンバーガーを買って帰った。


■ ■ ■



 翌日、出社したクラウドがひとしきり相棒のエドワードに愚痴をこぼしていた。
「エディ、聞いてよォ。昨日あっちの用事で夜遅くなったんだ。迎えに来てくれたのはいいんだけど…そのあとむすっとしちゃって、口聞いてくれないんだよ〜〜」
「迎えに来てもらってから今朝の間にいったい何があったんだよ?」
「う…ん、あのね…」
 クラウドが背伸びをしてエドワードに内緒話をしていた。
 身長差が10cm以上あるエドワードもクラウドが話しやすいように身体を傾けて聞いてやっている。クラスA執務室ならよくある光景なのだが、ここは武闘場、一般兵も沢山来ていた。
 だからこそ内緒話という手に出たとは思うのであるが、見ていた下級ソルジャーや一般兵達は上目づかいのクラウドの可愛らしさに思いっきりノックアウトされていた。
 周りの冷ややかな視線が次第にエドワードに注がれつつあった時に、扉の向こうから究極の寒気が襲ってきたと思ったら、扉を開けてセフィロスが入ってきた。
 思わずエドワードが直立不動で敬礼する。
「何かご用事でしょうか?キング。」
「ああ。パーシヴァルに頼まれて貴様を鍛えに来た。」
 最低最悪の寒気団がエドワードを軽くフリーズさせる。しかしその寒波を全く感じていないクラウドが、エドワードを上目使いで見あげながら拗ねたような顔でつぶやいた。
「あ、いいなーエディったら。俺だって隊長に鍛えてほしいのに。」
 セフィロスに取っては他人に見せたくない顔をクラウドがエドワードに向けている。そのことだけでセフィロスは目の前に居るエドワードを殺してやりたい気分になる。
 セフィロスの怒気を真っ正面から浴びているエドワードはたまった物では無い。
 しかし、流石にクラウドもセフィロスのまとう雰囲気がいつもとは違っているので、あわててふり向くとふわりと微笑んだ。
「隊長殿、自分に稽古付けてくださいませんか?」
 二コリと笑ったクラウドの笑顔はセフィロスの冷気を一気に吹き飛ばした。
   この笑顔に勝てる男がいるものか?!      そう思っているのは英雄だけ!

 寒風吹きすさんでいた武闘場の中に春風が吹き込んできた。
 エドワードが周りを見渡して思わず頭を抱えていた。さすがに今回ばかりはフォローのしようもない。
 周りで見ていたクラスCソルジャー達が一気に騒ぎだした。
「え?何?この妙な間は…」
「キングも姫の笑顔には弱いのか?」
「まあ隣に立たせたい唯一の男とおっしゃっているからねぇ。」
「しかもカンパニー1の美人だし!」
 壁際でソルジャー達がごそごそ話しはじめた時に、クラウドが腰のアルテマウェポンを抜いた。下段に構えるとクラウドの瞳が急に冷たくなった。
 セフィロスがにやりと笑うと正宗を下段にかまえる。
 阿吽の呼吸で、いきなり激しい立ち会いが始まった。

 武闘場狭しと繰り広げられる立ち会いは他の者を全く寄せつけず、あまりの激しさに見ているソルジャー達が口をぽかんと開けて見ていた。そこへパーシヴァルがあわてて入ってきた、エドワードの無事を確認するとほっと胸をなで下ろすが、目の前でセフィロスとクラウドが繰り広げている立ち会いを一瞬、呆然として眺めていたが気を取り直して間に入って行こうとする。
 あわてたのはエドワードである。
「隊長!ケガしますよ!!」

 エドワードの声を無視してパーシヴァルがクリスタルソードを掲げて割り込んで行くと、それまでクラウドと斬りあっていたセフィロスが気が付き、ぴたりと正宗をパーシヴァルの首に向け止めた。
「試して見るか?」
「遠慮しておきます。しかしキング、今は部下と腕を競っている場合ではありません。」
「ほお、会議か何かあったかな?」
 セフィロスがクラウドに向き合うと彼は首を振った。
「残念ながら自分にはわかりません。」
「しかし、私が行かねばいけないのであれば、お前も来るのであろう?」
「はい。」
 クラウドが敬礼するとアルテマウェポンを腰の鞘に戻す。そして先に歩きはじめたセフィロスの後を追うように歩きはじめた。
 エドワードが上官であるパーシヴァルの元に駆け寄ると、クラスSナンバー3ソルジャーは青ざめた顔をして首を振った。
「まったく、生きた心地がしないな。お前はよくあれを真っ正面から受けているな。」
「慣れましたよ、姫と組んでもうすぐ1年になりますからね。しかし、あまり慣れたくもないですが。」
「輸送隊の副隊長が私の隊の副隊長にまでなるはずだな。」
「だからといって、自分を盾に使わないで下さいね。」
「しまった、その手があったか!」
 言葉とは裏腹に笑顔で武闘場からパーシヴァルが去って行った。エドワードがそのあとをゆったりとした歩調で上官を追いかけた。



■ ■ ■



 クラスS執務室で会議をこなしてからクラウドとエドワードはクラスA執務室に戻った。
 噂を聞きつけていたのかクラスA仲間たちがいきなり近寄ってくる。
「エディ、お前またやったのか?」
「なにキングに氷らされるような事をしたんだよ?」
「まったく、早いな。姫に内緒の相談をされたんだ。」
「内緒の相談だと?!俺にも内緒なのか?!」
 ムキになって抗議するリックにクラウドが口を挟む。
「だって、リックに話すとすぐにセフィの所に行っちゃうもん。」
「そりゃ間違いなく行くな。こいつはキングのスパイみたいなもんだからな。」
「ったく、セフィロスも自分の嫁さんがそんなに可愛いのはわかるけど、ちょっと心が狭すぎじゃないのかよ?」
「むう〜〜〜 セフィはそんなに心が狭くないよ!!」
 膨れるクラウドにザックスはちょっとはねた髪の毛を梳くようになでながら話しかけている。
「お前には寛大かもしれないが周りに狭いんだよ。だいたいエアリスとお前が何かやってるのを知っているなら、なんでそっとしておかないのかね〜〜」
「お前の彼女と姫が何かやっていてそのおかげでエディが氷らされた訳?」
「まあ、早い話がそう言う事だな。」
「うん、昨日は夕食の支度もしないでエアリスのところに行っちゃって…そこでティモシー達に捕まって、そのまま仕事に連れて行かれて、お夕食作ってあげられなかったんだ。」
「で?それからどうした?」
「あっちの仕事が終ったらセフィが迎えに来てくれて、一緒に帰る途中で食事をしようとしたんだけど時間が遅くてドライブスルーでバーガー買って帰ったんだけど…部屋で食べている途中で俺、疲れて寝ちゃったんだ。で、起きてからずっとセフィが口聞いてくれなかったんだ。」
 クラスA仲間がクラウドの言葉に目を丸くしていた。

 たしかにクラウドには何も非がない。非がないとは思うのであるが、クラスA仲間たちは思わずセフィロスに同情していた。
「もしかして…クラウディアの衣装のまま帰ったのか?」
「う、うん。」
「そりゃ…キングも可哀想だな。」
「男としては同情するな。」
「ああ、目の前に美人の妻が可愛い格好をしているのに手も出せないなんて…」
「だからといえ、何も俺に八つ当たりしなくてもいいと思うけど?」
「エディは姫のお相手と言われているから八つ当たりしやすいんだろう?」
「言われたくねーーー!!」
 やっとセフィロスが怒っていた理由がわかったのか、クラウドがちょっと青い顔をするとザックスがにっかりと笑って頭をガシガシと撫でまわしていた。
「ま、お前がエアリスと何かやるって事はエアリスは俺の為だろうし、お前はセフィロスの為なんだろうな。それはあいつもわかっちゃ居ると思う。でもよぉあいつが早く帰りたがっているのは、お前が部屋に居たり美味い料理が有るからだろ?お前が居なくて飯がまずくなると早く帰ってこなるぜ。」
 クラウドはハッとした顔をしてザックスを見あげた。頭の中にサウスキャニオンで出合ったアンダーソン夫人の言葉が過る。

   『素敵なだんな様を虜にするには料理上手になればいい。』

(ああ…そう言う事だったんだ。)

 クラウドの心の中にすとんとその言葉が入り込んできた。
 それと同時に一気に不安に駆られる。
「あ、どうしよう?!俺、セフィロスの為にってやってた事がかえって悪いことをしていたんだ…」
「大丈夫、それはセフィロスだってわかってくれているさ。でもよ、あいつのご機嫌はお前しだいなんだから、俺達を氷らせない為にもあまり一生懸命やり過ぎるなよ。」
 ザックスに頭を撫でられながらクラウドが嬉しそうにうなずいた。
 クラスA仲間がほっと一息ついたところでそれぞれの執務へと向かった。



■ ■ ■



 一方、クラスS執務室は相変わらず寒風吹きすさんでいた。

 セフィロスとてやはりクラウドがやりたい事をやらせてやりたい。しかしそのせいで愛しい妻の作る愛情一杯の美味い手料理も無ければ、欲情をぶつけあう事も無ければ、食後のゆるやかな語り合いも無い生活が、これほど味気ないモノであるとは思ってもいなかった。

 愛しい妻を抱けない欲求不満と美味い手料理が食べられない不満がセフィロスの機嫌を最低のものにさせていた。
 相変わらずクラスS執務室を氷河期にして、自分だけは平気な顔で執務をしていた。