リックがクラスA執務室に入ると、ブライアンがポケットからモルボルの触手を取り出してにやっと笑う。その意味を知っているリックがため息をついた。
「そんなに俺が女と電話しているのが珍しいのかよ?」
「ああ、姫一途の王女警護隊長のはずだろ?浮気はいけないねぇ。」
「で?いつもの女な訳?」
「ミッシェル!ミッシェル・ファビオン。クラウディアのスタイリストだ。」
 クラウドはリックの言葉に目を見開いて驚くと、ふわりと微笑んだ。
「知らなかった…リックって、女性に親切だったんだ。」
「あ?どーいう理由だよ、それじゃ意味不明だぜ。」
「だって、ミッシェルの事”女”って言われるのが嫌なんだろ?隊長なんてエアリスでさえ今だに”花売り娘”なんだもん。」
「うっわ〜〜!!エアリスが可哀想!!」
「まあ、あの方はそう言う感情の事には疎い方だからなぁ。」
「…やっぱりよく知ってる。」
「あ、当たり前だろ!?何年隊長殿にお仕えしていると思っている!!」
 すねてうつむくクラウドにあわてて言い訳するリックにクラスA仲間が突っ込みを入れた。
「ん〜、たしかサー・セフィロスに憧れ続けて7年めだな。」
「で、もって、お仕え初めて6年め。」
「う、うるせーーーー!!」
 リックが真っ赤な顔をしてブライアンとエドワードに食ってかかっているのをザックスがけらけら笑っていた。
「リック、おまえまさかにーさんが本命じゃないだろうな?」
「だ、誰が俺よりでかくて強い男に惚れるか!」
「そうか?俺は惚れてる。やはり憧れて入ったからな。」
「うう…エディ、嫌いだ。セフィに惚れてるなんて…」
「ぶ!!お前みたいな惚れ方じゃない!男として男に惚れるっていうのかな?とにかくカッコイイ、強い、俺もいつかああなりたいって思っている。」
「そう言う意味なら俺も同じだ。」
「あん?そんなもんこのカンパニーの治安部に居る奴全員じゃないのか?」
「ああ、俺もそう思う。」
 やはりセフィロスに憧れてソルジャーになりたくて…そして夢を実現させるべくカンパニーに入ったのだ。同じ意思をもち、同じ場所に集った仲間。これほど気持ちの良いものはないとクラウドは思い始めていた。

 クラウドと同じクラスS扱いのため連隊長たちがどんな人たちか見え始めてきていたエドワードがぼやいた。
「それにしてもクラスSがミーハーの集まりだなんて…信じられなかったな。」
「あー、それは言えてる。本気で騎士やってるつもりだもんな。」
「うちの連隊長なんてサー・ランスロットが抜けた後のナンバー2に上がったろ?会議で隣に座れて幸せそうな顔をしてるんだぜ。」
 エドワードの言葉に元パーシヴァルの副官だったアランがびっくりする。
「はぁ?!あのサー・パーシヴァルが?!」
「信じられないな。」
「なーに言ってるんでい!お前の所のサー・ガーレスなんて、セフィロスと一緒に居ると、まるで尻尾ふりまくりの犬だぜ。」
「うげ!!あの連隊長が?!」
「じゃあ…なぜクラスS全員姫に惚れてるなんて言ってるんだ?」
「俺と一緒なんじゃないの?だってこいつ可愛いもん。」
「それは言えてる!」
「嘘付け、サー・セフィロスになりたい男が何を言う!サーの全てを真似したいんだろ、お前が一番ミーハーだ!」
 エドワードの言葉にリックが一瞬目を丸くして顔を赤らめていた。その表情がその言葉を丸ごと肯定していた。特務隊影の隊長と呼ばれていた男の真実を見てクラウドが再び拗ねた。
「あ、そう言う事。じゃあ俺じゃなくても良かったんだ。サー・セフィロスの目にかなった人だったらリックも”惚れる”訳なんだ。」
「いーや、残念だが俺は隊長殿の目にかなった奴でもザックスやエディみたいな野郎には惚れたりしなかったが?」
「俺って目にかなってるのかな?」
「俺も?」
「まぁ、それは間違いないだろうな。」
 ブライアンの言葉にザックスとエドワードが顔を見合せて嫌そうにしているのをクラスA仲間は笑って見ていた。


■ ■ ■


 2月の声を聞くとミッドガルの街中がチョコレートの甘い香に包まれる。
 ミッドガルデパートのバレンタインコーナーには多分にもれずクラウディアの可愛らしいポスターが張られていて、その下を多くの女性と女性陣に押されるかの如くの男性達でごった返していた。
 女性特有のちょっと高い声や香水の香、そして甘いチョコの香に女装慣れしているはずのクラウドでさえあまり近づきたくは無い。しかしここでメゲていては板チョコすら手に入らない!!
 クラウドは服装をチェックするとエアリスと共にチョコレート売り場へと入って行った。
「ねえ、何を買うつもり?」
「う〜ん、サウスキャニオン産か…ミディール産かな?」
「じゃあ、あっちよ!!」
 エアリスがクラウドをぐいぐい引っ張って行くと、すれ違った人達が一瞬目を向けてすぐに目をそらしたが、あわててもう一度振り返ってから壁のポスターを見あげてびっくりする。
 ちょっと跳ねた金髪をゆるやかに後ろで束ね空の蒼を写した瞳に中性的だが美形な顔だちにポスターの美少女を見出したのである。思わず後を付いていく人たちも現れた。
 そんなことも目的があるため気にならないエアリスとクラウドが、あるコーナーの前にたどりつくが、そこには欲しいものは売っていなかった。
「ここじゃないよ。だってコレじゃあ出来上がってるもん。」
「やっぱり手作り?ならコーナーが違うわ。」
 エアリスが再びぐいぐいとクラウドを引っ張って行くと、今度は女性もあまりたむろしていないコーナーにたどりついた。
 そこに並んでいる物を眺めてクラウドが大喜びする。
「あ、これこれ!!それとアプリコットジャムも欲しいな。」
「え?アプリコットジャム?何を作るの?」
「チョコレートトルテ。でも小さくていいから、このチョコレート型で作るんだ。」
「そう、私は普通にチョコだけにしようかな?」
 そんな事を話していると後ろから声が掛った。
「あの〜〜、クラウディアさんですよね?」
「え?」
「そちらの人、あのポスターのモデルさんですよね?」
「え?」
 クラウドがいつものように厳しい瞳で睨んでしまった為声をかけた客がびっくりした。
「あ、ごめんなさい!人違いでした!!」
 蜘蛛の子を散らすように囲んでいたギャラリーがあっという間に消えた。それを見ていたエアリスがクラウドに笑いかける。
「まったく、そんな怖い顔して。」
「仕方がないだろ、仕事がら睨む事が普通になっちゃってるんだ。」
「でも、良かったんじゃない?」
「ん、そうなるのかなぁ?」
 話しながらクラウドが買い物かごの中に欲しい物をほおりこんでいく。エアリスも板チョコとハート型、そして可愛らしい紙のボックスと、包装紙、そしてリボンを買うことにした。
「ねえ、リボンは何色にするの?」
「そうだね。こっちの金と黒の包装紙に赤いリボンなんてどうかな?」
「うわ!大人っぽい雰囲気!!」
「エアリスのピンクの包装紙も君らしいと思うよ。」
「じゃあレジにいこう!」
 エアリスに引き連れられてレジをすませると、紙袋を自然とクラウドがもってあげる。そんなクラウドにエアリスがおもわずクスクスと笑いながら話しかける。
「ねえ、去年のバレンタインってどんな感じだったの?」
「うん、まあ…色々とあってね。」
 ココアパウダーで作った”なんちゃってチョコレート”をかけてバトル大会開いて、大勢でたった20個のチョコを競っていたなどと口が裂けても言えない。
 クラウドが眉間にしわをよせていたのでエアリスがますます笑う。
「あまりいい思い出はないみたいね。」
「ん、まあね。」
 ぶすっとしたままクラウドとエアリスは8番街のフラワーショップまで戻り、裏口から入ると紙袋をテーブルに置いた。
 二人が帰ってきたのに気がついたイファルナが店から顔をのぞかせる。
「二人ともおかえりなさい。何のお買い物してきたの?」
「うん、チョコレート。」
「あら、バレンタインの?ならパパの分を作っておかないと、あとで彼にやきもち焼くわよ。」
「もう、パパったら…」
「俺もセフィ以外にも御世話になっている人に作ろうかな。」
「それは大変ねクラウド君なら、かなりの数を作らないといけなくなるでしょうね。」
 言われてクラウドは思わず上げる人を指折り数えた、どう考えても軽く70個以上になる。
 眉間にしわを寄せて考え事をしているクラウドにエアリスが急に尋ねた。
「でも大丈夫?クラウド君がたとえ義理とはいえ仕事場でチョコ配ったら…彼、嫉妬しない?」
「あら、あの子にも”義理”であげればいいじゃない。職場でも一緒に働いているんでしょ?」
「そ、それ、いいかもしれない。」
 クラウドは今年こそ去年のリベンジとばかりにせっせと”本命用チョコレートトルテ”と”義理用「ハート」チョコ”を作った。その手際の良さはあれほど編み物で、もたもたしていた人物には思えない。エアリスが感心するように覗き込んでいた。
「凄ぉい!お料理になるとクラウド君、手付きが違うわ!」
「日頃作っているから手際がいいのよ、でもエアリス、感心してないであなたも早く作りなさい。」
 イファルナが笑顔で店に去ると、キッチンに甘い香が立ちこめていった。そしてお昼過ぎにクラウドがイファルナに頼み込んでチョコをしっかり保存してもらうとバイクでカンパニーへと出社する。
 治安部内の廊下をすれ違うソルジャーがいつものように敬礼をして、クラウドが通り過ぎるのを見送るが、その後から嗅ぎなれた甘い香が漂うのをかぎ取るとその香の元に思い当たる。
「え?チョコレート?!」
「どうして?!」
「あ、まさか?!もうサー・クラウドはチョコを…」
「まずい!!遅れを取ってはいけない!!」
 何の遅れなんだ?!と突っ込んでやりたいが、クラウドは治安部1、いや神羅カンパニーでもセフィロスと1、2を争う憧れの君であるクラスAソルジャーである。他の連中に出し抜かれてはたまらんとばかりにその場にいた2ndソルジャー達は全員駆け足でどこかへ走り去って行った。

 クラウドがクラスA執務室に顔を出すと、いつものように仲間が挨拶をする。
「よぉ、姫 2直勤務か。」
「あ、うん。引き継ぎある?」
「いや、ない。今のところしごく平和。」
「いい事だよね。」
 後ろからクラウドのクラスAでのパートナー、エドワードが入ってきた。クラウドに嗅ぎなれた香を感じてエドワードが口元をゆるめた。
「お〜お。男にしては甘い香させて、チョコレートだろ?このにおい。」
「あ、え?!匂う?」
「思いっきり。俺達、ソルジャーに取ってこのぐらいの残り香であれば楽勝だ。」
「うん、ついさっきまで作っていたんだ。エディももらってね、沢山作るから。」
「そりゃ嬉しいけど、俺だけってことは止めてくれよ。ここには嫉妬深いお前の旦那の尻尾がいるからな。」
 エドワードの後ろから怒気をはらんだ声でリックが現れた。ソードに手をかけながらエドワードを睨みつけていた。
「エディ。もう一度言って見ろ、誰がなんだって?」
「ほら出た!!」
「あ、リックももらってね。」
「え?俺ももらえるのか?!やった!!」
「なんだ、ばら撒くつもりなのか。今年はバトルで勝ち取るのは無しか?」
「おかしいでしょ?男の俺が作ったチョコを争奪バトルなんてさぁ。」
「おかしいと思うが楽しい。」
「何だ、去年そんな事やってたのか。」
 ザックスとブライアンが執務室入ってきた。顔に疲労の色が濃いのでクラスSの会議から戻ってきたばかりなのであろう。クラウドは二人を笑顔で迎えた。
「お疲れ。クラスSの会議にいいかげん慣れた?」
「全然!!肩が凝ってしかたがないぜ。」
「まあそれでも居眠りしなくなっただけマシかな。」
「それよりもさっきの話しだけど、マジ?」
「ああ、マジ。凄かったぜ、姫がココアパウダーでなんちゃってチョコっての作ったんだ。それを20個持ってきて無差別実力戦だぜ。」
「そんな事よくあの独占欲の強いセフィロスが許したね。」
 ザックスが感心していると、ランディが意味深な笑みをたたえて、去年の”事件”を切り出した。
「その後が大変だったんだよな、姫。」
「15時からの告白タイムで、クラスS三銃士と王女警護隊長、副隊長で姫の取りあいになったんだ。」
「クラスS三銃士はわかるが、王女警護隊副隊長って誰だ?」
「おまえなぁ…カイルしかいねえだろう?」
「なるほど。で、そこにセフィロスが現れたんだな?」
「ああ、あの時はお気に入りの士官を横取りされそうになって、それで機嫌が悪かったと思っていたけど、今思えば嫁さん取られかけていたから機嫌が悪かったんだな。」
 クラスAソルジャーが一同にうなずいていた。クラウドも納得されたくはなかったが事実なので仕方がない。渋い顔で睨んでいるとエドワードが話しかけた。
「あ、でも姫。俺達にチョコ渡したら、いくら義理ってわかっていても、お前の旦那が黙っていないんじゃないのか?」
「そう思って隊長にももちろん”義理チョコ”用意してあるから。」
「ふむ。それなら隊長も…って、まて!!あの方が甘い物をあまり好きではないと知っているくせに!!」
「だからあげるんじゃない。いつも俺にセクハラしている上官に仕返し出来る唯一の機会なんだから、黙っていてよね。」
 クラウドがリックに天使の笑みでにっこりと笑い掛ける。その笑みの裏側にリックは背中に冷たい物を感じた。
 クラスAソルジャー達はクラウドの意味深な笑みに今年も面白い騒動が起こりそうだと少なからず期待していた。
 そこへゴードンが両手一杯の荷物を抱えて執務室に入ってきた。綺麗にラッピングされた箱に色とりどりのリボンを抱えて首をめぐらせたゴードンが目的の人物を探し出した。
「お、いたいた。姫、預り物だ。」
「俺に?」
「姫にプレゼントとは一体何処のどいつだ!!」
「俺の隊の2nd、お前がチョコの臭いをさせてたってンで、あわてて買って来たらしいぜ。」
「んなろ〜〜〜!!2nd風情が!!許せん!!」
「ったく、また始まった。」
「クラスAの風物詩になりつつあるな。」
 リックがゴードンを引っ張って怒鳴り込みに行こうとするのをあわててクラウドが止めた。
「もう、リック!!いい加減にしろよな!!」
 リックが扉の前でぴたりと止まった。