王女警護隊長を自負するリックがその”王女”に睨まれて固まっていた。
クラウドがゆっくりとリックに向き合う。
「いつも思うんだけど、リックってどうして下級ソルジャーが俺に憧れるのを諌めるの?」
「それはお前が俺の上官で、隊長殿の隣に立つ事を許された唯一の男だからだ。」
「お〜お、独占欲の強さはどこかの隊長並みだな。」
リックが苦虫を噛みつぶしたような顔でゴードンからプレゼントの箱を受け取ると、中身を調べようと包みを開けはじめる。クラウドが無言でプレゼントの箱を横取りすると、全部麻袋の中へ入れた。
「ゴードンの部下なんだろ?!危険物が仕掛けられている訳ない!!」
「ところで、クラウド。その麻袋ってなによ?」
「ああ、これ?あとでタークスにこっそり渡して、孤児院とか教会に寄付するんだ。隊長もそうしているよ。」
「セフィロスってまだそんなにチョコもらえるのか?」
「それはそうだろ?なにしろ神羅の英雄だ。」
「な〜んで?クラウディアというめっちゃ美人の同棲中の恋人居るのに?!それなら何故、人気急上昇中の俺のところにはこないんだ?!」
「お前、ふつう自分で言うか!」
おふざけなのか本気なのかはわからないが、ザックスがこのところ総務のお姉さんたちに急に人気が出てきたのは事実だ。彼本来の気さくな性格とその実力はすでに認められていたのだが、クラスAに上がってきてから急に真面目に仕事に取り組むようになり、その評価もクラスS経由で次第にカンパニー中に知れ渡るようになってきたのであった。
「まったく、あの直情短気で暴走癖のある馬鹿猿と言われていたお前がマジになってきたんだから…女の影響ってのは怖いものだな。」
しみじみとブライアンがつぶやくのをクラスA仲間が爆笑してうなずいた。
■ ■ ■
いつものように任務をこなしながらもせっせとエアリスの家に通いセーターを編んでいるクラウドがふとカレンダーを見たら日付が13日になっていた。
なんとかセーターも出来上がり、イファルナにその出来栄えをほめてもらえて安心したクラウドは、あずかっていてもらったチョコレートとセーターをもらってかえって来た。
部屋に帰るといつものようにエプロンを着けてせっせと料理を作る。今夜は昨日作り置きしておいたロールキャベツとガーリックトースト、そしてポテトサラダだ。
この所クラウディアの用事を入れたくてもカンパニーの仕事が忙しくて、なかなか入れられないのでティモシー達に文句も言われているのであるが、そっちが本業なのでぶつぶつ言われながらもなんとか調整してくれているようである。
そのうち拉致されそうだとランスロットとセフィロスには言ってあるが、流石にカンパニー内部でクラウドをつかまえるような真似はしないでいてくれる。ほっと安心しながらも流石に14日のスケジュールを押さえられていたので、明日は嫌でもクラウディアにならないといけないと思っていたのであった。
しかし、セフィロスに職場でチョコを渡すと公言していたので、その公言も守りたいクラウドはティモシーに連絡を入れた。
「あ、ティモシー?クラウドです。明日は何の仕事がはいっているの?」
「ミッドガルデパートのバレンタインイベントです。あ、サーも引っ張ってきてくださいね。」
「え?セフィも?どうして?」
そこに偶然セフィロスがかえって来たのか急に声をかけてきた。
「私が…なんだ?」
「あ、セフィ。ごめんちょっと電話中。ティモシーが明日、イベントでミッドガルデパートに来てほしいっていうんだけど…」
「代われ。」
差し出している手にクラウドがおとなしく携帯を手渡すと、セフィロスは凄い勢いで怒鳴りはじめた。
「馬鹿者!今それどころではない!!」
しかしティモシーもセフィロスに怒鳴られ慣れたのか一歩も引くことはなかった。
「で、ですがサー。これは以前からお約束していたではないですか。」
「約束?」
「ええ、去年のTV番組撮影、覚えていらっしゃいますか?あの時、クラウド君がプレジデントにチョコを渡すぐらいなら自分がもらうとおっしゃったので、このようなスケジュールを組んだのですよ。」
「ふむ、そういえばそんな事を言ったな。」
「ミッドガルデパートでのバレンタインイベントでクラウディアが他の誰かにチョコレートを渡せないのなら、キャンセルするしかないのですが、賠償金は払っていただけますか?」
「仕方がないな、どのくらいの時間だ?」
「イベント自体は夕方6時からの1時間ほどです。」
「そのぐらいなら何とかなるか、一応ランスロットに連絡を入れておけ。私を引っ張りだすなら神羅カンパニーの許可がいるからな。」
クラウドはセフィロスとティモシーの電話を聞きながら、明日はたくさんのチョコを抱えて出勤せねばならないので、ちょっと大きめのデイバッグを探しはじめていた。そんなクラウドの行動をセフィロスは黙って見てられるはずがありません。
(あいつ…何をそんなに?)
クラウドの事に関しては人1番独占欲の強いセフィロスは気が気ではありません。クラウドが自分以外にチョコを手渡すなど許せないので止めにかかります。
「お前は何を探しているのだ?」
「ん?明日配るチョコを持って行く為のバッグ。」
「お前は、私以外の男にもチョコを配る気か?」
「うん、そうだよ。ザックスでしょ、リックでしょ、エディでしょ、それからジョニーにも御世話になってるし…カイルたちにも…あ、もちろん”隊長”にも特別枠であるから心配しないでね。」
「特別枠だと?!それはどう言う意味だ?」
「だって、去年は俺の作ったチョコでバトル大会だったでしょ?俺はあげたい人にあげるの!!」
「あげたい人?」
「御世話になっていると思っているからあげるんだよ。だからエアリスやティモシー、ミッシェルにもあげるんだ。」
「浮気者だな。」
「ひ、ひどい。浮気じゃないよ!!俺にはセフィロスだけだもん。」
「違うのか?そんなに沢山配って。」
「意地悪、この世の中義理って物もあるの。考えても見てよ、セフィにもあげるって言ってるんだから本命チョコとイベントとカンパニーとで俺から3回もチョコもらえるんだよ。特別じゃないか。」
「3回?!いくらお前からとはいえ頭が痛くなりそうだな。」
そう言うとセフィロスはクラウドを抱き寄せようとする。しかしクラウドは時計が気になってしかたがなかったので、セフィロスの行動を見向きもしないでリビングに運んだカップを片づけた。
愛しい少年を抱き寄せようとしてすかを食った形になったセフィロスは機嫌が急降下しはじめていた。
その時時計の針が新しい日時をさしはじめた
クラウドは時計を確認して隠していたバレンタインのプレゼントをもってセフィロスの元に戻ってきた。
しかし愛妻に逃げられたセフィロスは最低最悪の機嫌でソファに座っていた。そんなことも気が付いていないクラウドだったがさすがに彼の背負っている雰囲気を察した。
「セフィ?怖い顔をして何かあったの?」
青い瞳をクリッとさせて小首を傾げて覗き込むクラウドは、凶悪なまでに可愛らしい。その可愛らしい妻を自分の腕から取り逃がしただけで、機嫌を最悪にしているとは流石に言えなかったセフィロスの隣に、クラウドがちょこんと座り綺麗にラッピングされた紙袋と箱をさし出した。
「ハッピー・バレンタイン。」
いきなり目の前にさし出された紙袋を見てセフィロスが一瞬びっくりする、しかしそれを受け取るとゆるやかに微笑んだ。
「開けていいのか?」
「う、うん」
了承を取るとすぐに包装をあける。箱の中から小さなハート型のチョコレートケーキ、そして紙袋の中から綺麗な模様のセーターが出てきた。
そのセーターの目が均一でなかったのと、この所エアリスの家に行っては何かやっていたのを知っていたので、セフィロスにはこのセーターがクラウドの手作りであるとすぐに解った。
「お前は何をやらせても巧いな。」
セフィロスのなにげない一言でクラウドの頬が赤くなる。そんなクラウドをやっと抱き寄せてセフィロスは唇に軽くキスを落した。
「しかし…今はチョコよりもお前の方が欲しい。」
「うん、もう…一口ぐらいはいいだろ?」
クラウドはそう言うとひょいとチョコレートケーキをつまみ口に入れる。すかさずセフィロスが深く口づけてきた。
絡み合う舌の中でチョコレートケーキが甘く溶けて行く。
チョコレートケーキが口の中からすべてなくなった頃、クラウドはセフィロスの逞しい腕に抱かれて、ベットルームへと連れられて行くのであった。
■ ■ ■
翌日、クラウドはデイバッグを背負ってバイクにまたがりカンパニーに出社して行った。
バイクを駐輪場で止めて出てきたところを、待ち構えていた下級兵士達に囲まれる。
「あ、あの。サー・クラウド。こ、これ…」
「チョコレートです。あの、受け取って下さい!」
「馬鹿野郎!下級ソルジャーが上級ソルジャーの俺達より先に渡すな!!」
「サー、自分のも受け取って下さいますか?!」
「は?!お、俺?!」
クラウドが囲まれて困っているとあわてて駆け寄ってきたリック、ランディ、キースとクラスAソルジャーがクラウドの周りを囲んだ。
「はいはい、ウチのお姫様にプレゼントを渡したいなら15時からのフリータイム以外は受け付けないからな。」
「下級兵士が姫に声をかけるのすら許せんが、今日ばかりはルールさえ守れば許さざるをえんからな。」
「で、変な物は入っていないだろうな?」
「そ、そんな!!ありえません!!」
「ならばよし、時間までおとなしくしていろ。いいな。」
そう言ってクラウドを奪うように連れ去ったのを見送ると下級兵達は顔をみあわせてうなづきあっていた。
一方、クラスAに囲まれての出社となったクラウドは執務室で仲間の冷やかしにあっていた。
「ま〜〜ったくお前はカンパニー1もてる奴だな。」
「あ、悪いけど今年も駆けの目玉になってるからよろしくナ。」
「別にそれはいいけどね。何個もらおうと口の中には入らないから。」
「お〜お、もてる男は言うことも違うね。」
笑い声の中執務を始めるとあっという間に時間が過ぎていく。まもなく11時になろうとしているのでクラウドは一緒に食事に出かける相手を探そうとしていると、パーシーが声をかけてきた。
「姫、今日は治安部の外に出ないほうがいいぞ。受け付けのお姉ちゃんが言ってたけど、お前目当ての一般人が結構来ているらしいからな。」
「ええ?!どうして?!俺の顔なんてニュースで流れる事ないのはずなのに。」
「それが違うんだよなぁ。どこから情報が漏れるのか知らないけど、白のロングを着た美少年と有名なんだから困るんだよな。」
「そういえば俺も何度か巡回中に女の子に聞かれたよ」
「嘘みたい。」
「とにかく今日は何か出前でも取るんだな。そういえばティファちゃんの所が出前してくれるって言っていたぜ。」
「え?!セブンスヘヴンから?」
「お、いいねぇ。あそこは安くて量もそれなりにあるし、味もまあまあだ。」
「あ、頼むなら俺も頼んでいいか?」
一人頼み出すとぞろぞろと皆が注文しはじめ、軽く20人分になってしまった。クラウドが電話を入れるとティファが笑って引き受けてくれた。
「うわ!大変!!店長喜んじゃうわよ。ちょっと時間掛るかもしれないけど、確かに承りました。ありがとうございました!!」
後ろからバレットのモノであろう怒鳴り声が聞こえた。
「ああん?!誰だ!今度から20人分なら10時までに予約しろ!!」
「店長!クラスAソルジャー相手に文句言うつもり?もう来てくれなくなっちゃうわよ!!」
「お?!あの連中か、仕方がない引き受けてやらア!!」
陽気ながなり声がきこえて携帯が切られた。クラウドが苦笑いをしていた。
「20人前なら10時までに予約しろってさ。」
「そうか、次からそうしよう。」
「ほら、集金!!一人90ギルだろ?」
「つり銭有るか?」
クラスAソルジャー達がわいわいとお金を集めはじめた。
それからほぼ1時間半後、カンパニーの本社受け付けからインターフォンが入った。ティファがランチを配達してきてくれたのだった。
クラウドがランディとリックを連れて受け付けに顔を出すと、ティファがお弁当の乗った台車を持って待っていた。
「はぁ〜い、クラウド。お待たせいたしました、デリバリーランチ20人前、料金は1800ギルです。」
「ありがとう。はい、これ料金。」
「あ、それからこれはちょっとしたサービス。今日はバレンタインでしょ?クラウドには私から特別にこっち!」
そう言ってティファはサイコロサイズのチョコの入った箱とそれとは別にちょっと大きな箱をクラウドに手渡した。
クラウドが目を丸くして見つめるとティファはぺろっと舌を出して笑顔で話した。
「これでもクラウドの事好きだったんだぞ。彼女と仲良くしていないと私が押しかけて行っちゃうからね!」
そう言うと料金を受け取りくるりときびすを返してかえって行った。クラウドはそんなティファをぼけ〜っと見送っていた。
後ろから受け付けのお姉さんのどよめきと、リックの冷たい視線がつきささっていた。
「ああ、びっくりした。冗談にも程があるぜ…あいつ。」
「知らぬは本人ばかりなり。ティファちゃんはお前が本命だったってあそこの店長も話ていたぜ。」
「う、うそだ!!」
「お前が本命恋人と同棲中だと言うから自分から諦めたって聞いてるぜ。」
ケータリングのランチボックスの上にチョコを乗せて、3人の男が話しながら執務室に帰ると既に仲間が話に食いついてくる。
「姫、ティファちゃんに告られたって聞いたぞ。」
「受付嬢が「幼馴染なんてずるい。」とか文句言い放題だって話だぜ。」
「もうその話を仕入れてきたのか、早いなぁ。」
「俺としては今日の15時からの大騒ぎの方が楽しみだけどな。」
「性格良くないな、俺であそんでるでしょ?」
「悪いが他人事なのでな。楽しまないと損だろ?」
ケータリングのランチボックスを配り終えると、それぞれが自分のデスクで食事を始める。しばらく静かな時間が流れた。
そしてユージンが気をきかせてサーバーに置いてあるコーヒーを配りはじめると、全員がもらったチョコを見てニヤニヤしていた。
「サイコロサイズとはいえ…バレンタインチョコだもんなぁ。サービスとはいえ嬉しいな。」
「姫にだけはまじチョコな訳だ。」
「どうしよう。これ孤児院に持って行くとティファに悪いし…」
「持って行かないとあの人がどう出るかな?」
「あいつ独占欲強いからなぁ。」
「所で姫。お前、15時きっかりにクラスSに行くつもりなんだろ?」
「もちろん、ホワイトチョコでハートマークの奴作ってきた。とびっきり甘くしてあるんだよ。」
「な、何て奴だ!隊長が嫌がるのを喜んでいるのか!」
「お前…まさか俺達の奴もめちゃくちゃ甘いのかよ。」
「まさかぁ、普通の甘さのミルクチョコだよ。」
「キングだけ特別仕様なのか…どういう顔で受け取るのか見に行こう。」
「面白そうだな、俺もみたい。」
「エディ、ブライアン。セフィロスに氷らされるぞ。」
「いい加減慣れたわ!」
エドワードの一言にクラスAソルジャー達は大爆笑した。
そして問題の15時になる少し前、クラウドはクラスS執務室の前にいこうとして扉を開けると、執務室の前にたくさんの兵や事務の女の子が居るのに気がついた。中の一人であるイェンがクラウドに声をかけた。
「クラウド中尉、どちらへ?」
「クラスS執務室だ、隊長殿にチョコを持って行くんだ。」
イェンの後ろで「やっぱり」とか「嘘!」というどよめきが起こる。その声にクラスAソルジャー達が反応したのか顔を出した。
「おっと、コレは凄いや。姫、キングにチョコ渡したらさっさとかえってこいよ。」
「あ、うん。だって、エディやリック達にもあげないとダメだもんね。でも順番からいくと隊長が真っ先だろ?」
「わかってるって、せいぜいふられてこい。キングにはクラウディア様がいるんだ。」
「セクハラのお返しって何度言ったらわかるんだよ!!」
「お前がそう言う事をすると本気に見えるのが恐いよ。」
「あ、ブライアンのチョコ無しね。」
「おわ!!俺のもあったのか!!前言撤回、姫様ぁ!!」
仲間うちで面白おかしく笑っているのがクラスS執務室まで聞こえたのであろうか?中から扉が開いてセフィロスが出てきた。
「クラウド、貴様こんな所で何をやっているのだ?」
「あ、15時だ。隊長、はいチョコレート。愛してます。」
思いっきり棒読みしたセリフとともににっこり笑ってクラウドがチョコを手渡した。その笑みに目を丸くしてセフィロスが思わず手を出してしまった。
「クラウド、何の真似だ?私が甘い物は好きではないと知っておろうが。」
「何の真似って…隊長ったら酷い。いつも上官や部下の前でキスされたりしている御返しじゃないですか。」
「クックック…そう言う事か。よかろう、甘んじてもらうが、そうだな…お返しをせねばならんな。」
そう言ってセフィロスは目の前で包みを開封し、中のチョコをポイっと口に含むとクラウドの頬を捕らえていきなり口づけを始めた。
「な!!ちょ……あ!…んうっ!!」
周りの人達が目を見開いて二人の行動を見守っていた。
口の中のチョコが溶けるまでキスを堪能したセフィロスが冷たい笑みを浮かべてクラウドを見下ろしていた。
「クックック…ずいぶん甘いな、クラウド。」
そう言うときびすを返しクラスS執務室に入って行った。
クラウドはセフィロスのいきなりのキスに腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「あ……あ……セ、セフィロスの馬鹿−−−−−!!!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴りつけている所に、エドワードとブライアンがげらげらと笑いながら近寄って、クラウドに手を貸して立たせた。
「相手が悪かったな姫。」
「キング相手に一矢報いるのは大変だな。」
二人が巧くフォローしてくれたので、その場にいた下級兵達や事務のお姉さん達は笑い転げていた。
そしてクラウド達がクラスA執務室に入ると後を追うように一斉に執務室になだれ込んできた。ランディとリックがその人ごみを仕切っていた。
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