現在神羅カンパニーは魔晄の力を封じようとしているのであるから、星の命を守るという大前提がある反抗勢力は、本来なら反抗せずにもろ手を挙げて歓迎せねばならなかった。
 しかし、一度反対の狼煙を上げてしまったら、止まれない場合もある。
 話し合いで武装解除をしてくれれば、カンパニー側としても武力で押さえることをしなくてもいい。そして人の命が失われることなく、平和解決できるので、それが一番良い事である。
 ザックスもソルジャーとしてたくさんの命を奪ってきたが、奪わずに済むものならばそうしたいと思っていた。
 だからクラウドに一縷の望みを託してみようと思った。
「ダメでもともとだ、話をするだけで人の命が救われるならやってみてくれ。」
「OK、ちょっと待っててね。」
 そう言ってクラウドはすでに顔なじみになっていた元アバランチというカフェバーのマスターに電話をかけた。
 営業時間には少し早い時間だが、すでに仕込みを始めていたのであろうか?バレットは相変わらずのが鳴り声で電話に出た。
「なんでぇ!地獄の天使か?今日は何の用だ?!」
「バレットを見込んで頼みたいことがある。北コレルの反抗勢力のリーダーと話をつけられないか?」
「あん?!出来ねぇこたぁねえが…まさか、一掃の命令でも下ったのか?」
「任務にかかわることは言えないが…その辺は理解してほしい。」
「はん!相変わらずクソ真面目な奴だな。まあ、いいさ。俺だとて故郷の連中が変に反抗してむざむざ死ぬのを見たくはない。コレルにある魔晄炉の封鎖は進んでいるのか?」
「手順があるので一気には進んではいないが、あそこの動力炉はすでに停止しているはずだ。」
「わかった、とりあえず知り合いに電話してみる。悪いが出兵はもうちょっと待ってくれ。」
「いいよ、何だったら副官連れてそっちに行こうか?」
「ああ、隊員連れて昼飯食いに来い、うちも儲かる。しかし銀鬼だけは連れてくるなよ、俺はまだあいつにまともに対応する自信はない。」
 そう言ってバレットが電話を切った。
 携帯を折りたたんでクラウドが苦笑しているのをザックスが突っ込んだ。
「何笑ってんだよ?」
「ん?隊員連れてきてもいいけど、隊長だけは連れてくるな、まだ普通に対応する自信がない…だって。」
「分からねえでもないけどな。そのくせ地獄の天使と顔なじみって、どういう元アバランチだよ。」
「その辺は俺に言われてもなぁ。だいたいティファがあそこで働いていなかったら出会ってはいなかっただろうし…」
「人の出会いってそんなもんだって、なぁリック。」
 クラウドと話していたザックスがいきなりリックに話を振った。
「俺?どうして?」
「いや、お前だけじゃないよな。クラウドが特務隊に来なかったら…今の俺たちはいないってことだよ。」
 やたら真面目に男前なことをいうザックスに一瞬リックはぽかんとしてしまったが、すぐに意味深な笑みを口元に浮かべた。その隣でクラウドが呆れたような顔をし、セフィロスも緩やかに微笑んでいた。
「なるほど…クラウド、しばらく隊をザックスに指揮させてみろ。お前は奴の補助に回れ。」
「わかりました。」
 特務隊をザックスが率いる。ちょっと前までなら無理だと反論したであろうが、今のザックスなら大丈夫と思える。それほどザックスは落ち着いていて冷静に物事を判断している。
 クラウドはくすりと笑ってセフィロスにこっそりと話しかける。
「隊長殿、考えるよりも突っ走る男という肩書も…そろそろ書き換えてやらねばいけないかもしれませんね。」
「クリアの仕方だけではなく、苦手の書類提出も見て判断しろ。」
「そこまで求めるのも酷かもしれませんが…わかりました。」
 クラウドがセフィロスに敬礼すると、ザックスに振りかえった。すべてのことを聞こえていたはずなのに、知らんふりをして他の隊員たちとじゃれている姿を見ると、いつもと変わらないように思うが、それでも不思議と”大丈夫だ”と思える。どうしてそう思えるのかクラウド自身にもわからないが、ザックスが今まで内に秘めていたものを少しずつ表に出そうとしている気がしてならなかった。


* * *



 ザックスが次第に実力を表に出し始めているのを感じていたのはクラウドだけではなかった。
 クラスA仲間たちも、なんとなく変わり始めていたザックスに首をかしげていたのであった。
 最初はミッションに一緒に派遣された隊の副官達が口にし始めた、彼らの部下たちの行動の変化だった。
「副隊長殿、ザックスって…あんな真面目な奴でしたっけ?」
「ついこの間まで同じクラスにいたんだけど…あいつ、いつもふざけた態度ばかり取っていたんですよ、ところがこの間のミッションで同行した時なんて、どこの士官だって思ったぐらいですよ。」
「一般兵や下級ソルジャー達の中には、ザックスの奴を『兄貴と呼びたい!』と言っているんですよ。クラスAに行っただけで、どうしてあそこまで変わったんですか?」
 部下たちの問いかけに一瞬目を丸くしたクラスAソルジャー達が、今度は自分たちの仲間に聞いたことを問いかけた
「いやはや…今日はびっくりしたなぁ。俺の部下たちが変なことを言い始めるんだ。ザックスが真面目になったって…」
 その言葉を聞いた他のクラスA仲間たちは驚くどころか同じように相槌をうってくる。
「俺の部下も同じこと言ってるんだよ。あいつら熱でもあるのか?」
「いや、いたって真面目にそう思っているみたいだぜ。なぁブライアン。おまえどうやってあいつを指導してるんだ?ちょいと見習いたいぜ。」
 ザックスがクラスAに上がった時にセフィロスがクラスAの指南役に指名したのがブライアンだった。山猿をせめて人畜無害にすると公言してからまだ半年しか経っていないというのに、ザックスはあっという間に下級兵たちのあこがれの存在になりつつあった。
「俺は何もしていないぜ、マーチンと組んでいた時とやり方はなんら変えていない。むしろあいつが本気になってきたってことじゃないかな?」
 ザックスの実力はソルジャー試験を受ける前からかなり有名だった。
 その実力を見込まれて1stソルジャー合格とともに特務隊に入り、すぐにでもクラスAまで引き上げてどこかの隊の副官として任命する予定だった。ところがやはりザックスもセフィロスに憧れて神羅カンパニーの治安部に入った男である。憧れの男の隣に立ち、剣を振るという立場を誰にも譲りたくなくなってしまったのである。
 ミッションで失敗すると特務隊から追い出される可能性がある、それは避けたい。と…なると、提出書類を遅くして評価を下げるなり、日頃の執務態度を芳しくしないのが、ランクアップもせずに特務隊にいられる手段であると思っていたのであろうか?トップでソルジャー試験を合格したような男が、いきなりずぼらで遊び呆けるようになってしまったのであった。
 それ以降ザックスは実力はあるが猪突猛進派の山猿という肩書を張り付けられていた。

「しかしなぁ…なんであんなにマジになり始めたんだ?知ってるんだろ?ブライアン。」
「ん?ああ、まあな。すべてはキングと姫の為って事らしいんだ。あいつ、いつも『セフィロスをトップソルジャーから引きずりおろすんだ、そんなこと俺しかできねえだろ?』なんて言ってるんだ。聞いてあきれたが…将来的に治安部が縮小すると聞いた時には、確かにやりがいのある仕事だと思ったな。」
 ブライアンが思い出したように笑っている。その隣でエドワードが軽くうなずいていた。しかしその理由が分からなくてアランが首をかしげた。
「治安部がある限りキングはソルジャーであり続けるんじゃないのか?」
「おまえ…もう少し戦略をほかの方向に転換して考えろ。」
 呆れたような顔のキースにアランはまだ首を傾げる、そんな仲間を見てエドワードはいつものように答えを導くような質問をした。
「アラン、この治安部っていったいどういう男たちの集まりなんだ?」
「それは…戦うことしか能のない連中。」
「それはどうしてだ?」
「そりゃ…英雄セフィロスに憧れて…って、ああ!!そうか!キングがソルジャーであり続ける限り、ここから去るなんて絶対考えないってことか!」
「当たり。治安部を縮小し始めようとすると、どうしても多くの兵に首を言い渡さねばならない。その時『お前は不要だ』と誰に言われると一番納得するかというとキングだろ?」
「そりゃぁな。あの方に言われるのが一番キツイって。」
「治安部縮小の前にキングが統括に就任するってことは確定な状況。だからザックスはマジになってキングを安心して引退させようとしている訳。」
 理由を聞けば単純明快。
 セフィロスもクラウドもいない状態で危険度の高い状況が起こった時、彼らの代わりになり得るであろう男は特務隊のリーダーでしかない。表に立って引っ張れるカリスマ性と有無を言わせぬ実力、そして実績がどうしても欲しくなる。もともと後輩の面倒見のいい男と言われていたザックスだから、彼が本気になったら特務隊のリーダーどころか一個大隊の隊長だとてこなせる男になるであろう。
 おかげでザックスの評判はウナギ登りだったのである。
 クラスS執務室でも例外ではなく、彼を自分の副官に引き入れたくて仕方がない男たちが、いつもうらやましげにセフィロスを見ていたのであった。
「ザックスがあれほどまでできる奴だったとは思わなかったな。」
「おや、ヴィアデ。お前はそんなことも見抜けなかったのか?クラスS失格だぞ。あいつはキングのそばにいるためにずぼらになってしまったんだよ。」
「しかし…実際あそこまでやれる奴だと知ってしまったら、副官として欲しくなるな。」
 そんな話が漏れ聞こえてくると、がぜん違ってくるのが主に事務を担当しているお姉さんたちである。クラスAソルジャーという地位と収入、そして英雄セフィロスの腹心の部下の一人であるという実力は『いつかは玉の輿!』と虎視眈々いい男を狙っているお姉さんたちの恰好のターゲットになるのである。しかし「恋人にしたい男」の一人となったザックスにはすでに結婚を前提に付き合っている彼女がいると評判だったのだ。しかもその彼女の親がカンパニーの幹部であるといつの間にか知れ渡っていた。
 ザックスの評判が上がってきたと同時に、科学部門統括のガスト博士が自ら言いふらして歩いていたのであった。
「治安部のザックス君ね、実は私の娘の恋人なんだ。」
 ザックスのことが話題になるたびに、ニコニコ顔でそう言うガスト博士はかなりの親ばかと有名である。いつも愛妻と可愛い娘の写真を持ち歩き、事あるごとに自慢している。おかげで彼の娘がかなりの美人であることも事務のお姉さんたちはよく知っていた。おまけにこの前のバレンタインデーでたとえ恋人がいてもあわよくば自分に振り向かせて…と思っていた事務のお姉さんたちも彼が「裏切れない人がいるから…」と言ってチョコを受け取ってくれなかったことも合わせると、あっさりとあきらめモードに入ったのであった。

 それを知っているのか知らないのか、ザックスは鼻歌交じりで本社のフロアをクラウドとリックとともに歩いていた。
「なぁ、クラウド。おまえバレンタインのお返し、何にした?」
「俺?そういえばエアリスとティファとミッシェルには何か返さないと悪いよなぁ。」
「なに?!俺のエアリスからチョコもらってんのかお前!」
「うん、エアリスもティファもミッシェルにも義理でもらった。ミッシェルなんて『3倍返しなんだからね!』って脅されたよ。」
 ザックスとクラウドの話を聞いてリックが一瞬顔色を変えたが、二人とも話に夢中になっていたのか全く気が付いていないようである。ロビーを横切って駐車場へと出るとザックスとクラウドはバイクを引きずり出している。
「クラウドとタンデムさせるとどこかの兄さんがうるさいから俺で我慢しろよ。」
「仕方ないな。」
 ザックスからヘルメットを手渡されると2台のバイクがカンパニーの駐車場を後にした。