OPENの看板を確認して、クラウドはセブンス・ヘヴンの扉を開けた。
カウベルの音とともに店員の「いらっしゃいませ!」の声が店内に響く。慣れた様子でカウンターまで歩いていくと、隅の方で黒のスーツを着たルードがいつものようにランチを食べている。
「あ、ルードさんこんにちわ。」
ぺこりとあいさつをするとサングラスに隠された鋭い瞳がちらりとこちらを見て軽くうなずく。無口な男の彼らしいあいさつに手を振って、クラウドはカウンターのスツールに座った。
カウンターの中でプライパンを豪快に振りながら、バレットがこちらをちらりと見てあいさつした。
「なんでぇ、人数がすくねえじゃねえか。」
「隊員全員連れてくるとガサ入れと間違われるからね。でも、この二人ならあんたも知ってるだろ?」
「知らいでか!特務隊影の隊長と猪突猛進男だ。この二人に俺たちの仲間だった奴らが何人殺されたか…。まあ、お前たちも上からの命令だったし、同じように俺たちの仲間だった奴に味方が殺されているだろうからチャラにしてやる。」
「そう言ってくれると嬉しいよ。」
「頼むから毒なんて入れるなよ、こいつと違って俺と姫の胃袋はごく普通だからな。」
リックの言葉ににやりと笑ったバレットはついっとミネラルウォーターの入ったグラスを3つ差し出す。
「で、飯は食っていくんだろ?」
「ああ、ランチよろしく。」
「今日はほうれん草とベーコンのトマト風味パスタとポテトサラダだ。コーヒーとおまけにジェラードでも付けてやろうか?」
「本当?!俺いちごミルク!」
甘いもの大好きなクラウドが嬉々として答えると、元アバランチのマスターはいつものようにガハガハと大声でわらいながらごつい手で頭をなでる。
「まーったく、相変わらず可愛いなぁ。これが裏の世界じゃ誰もが恐れる地獄の天使の正体だなんて誰も信じねえぞ!ほれ、そこのあんちゃんは何にするんだ?」
「俺か?俺はノーマルにバニラでいいよ。」
「俺は…」
ザックスが注文するよりも早くクラウドとリックが彼の好きな味をリクエストした。
「こいつはバナナ!なんていったってこいつは山猿なんだ。」
「なるほど。引き受けた、待っていろよ。」
そう言うとバレットは人数分の乾燥パスタをたっぷりのお湯でゆがき始めた。
まだランチタイムには少し早い時間だったので、店の中はさほど混雑してはいなかったが、値段と料理の味や量が釣り合っている店の上に、店員たちの容姿がそれなりに整っているからか、客はひっきりなしに入れ替わってる。
「へぇ…噂には聞いていたけど、結構流行っているみたいだな。」
「ああ…アバランチやめて正解だったかもな。命の保証はできたし、クラスAソルジャーご贔屓の店ってんでカンパニーの連中が結構来てくれるんだ。おかげで前より儲かっているぜ。」
にやりと笑いながらパスタの乗った皿を差し出すバレットに、いつものようにニッカりと笑うザックス。
「せーかい(正解)、だぜ。」
ちょっと間の抜けたようなザックスのイントネーションにバレットが片眉を跳ね上げた。
「おまえ…ゴンガガの生まれか。」
「ああ、あんたは南コレルだろ?すっげー耳になじむ発音してるぜ。」
「お互い様だ。そうか、ゴンガガか…お前なら連中を諫めることができるかもしれんな。」
バレットの様子からはどうやら電話での武装解除は無理だったようである。言外の意味を汲み取ったザックスが、急に真面目な顔になって、フライパンを振るマスターに話しかけた。
「意固地になっているのか?それもとただ単に信じてくれなかっただけか?」
「どっちかってぇと…意固地になっている方だな。信じちゃいないのも確かだが、徹底抗戦を構えているらしい。電話したら「お前まで丸めこまれたのか?!」と逆に説教されたよ。」
「ま、わからないでもないけどな。今まで散々利用された挙句、おいしいところだけ持っていって、カスカスになったとたんに捨てられちまったんだ。いくら魔晄炉を封鎖すると公表しているからとはいえ、そう簡単に信じられないだろうな。」
「俺がこんなこと頼む筋じゃねえかもしれんが、あいつらを殺さないでくれ!みんないい奴なんだ、本当に素直で真面目で…頑固だけどいい奴らなんだ。」
苦しげな表情でバレットが絞り出すようにつぶやいた言葉にザックスはうなずいた。
その様子をリックとクラウドは黙って見ていた。
* * *
ランチを食べ終わり料金を払ってセブンスヘヴンを後にすると、3人はカンパニーへと戻った。特務隊の執務室に入るとリックが珍しくため息をついた。
「俺、特務隊に入って何も考えずに反抗勢力を叩き潰すことしかしてこなかった。奴らにも当然友達もいれば家族もいる。それはわかっていたつもりだった。でも実際ああやって敵だった男と正面切って話すと…なんだか考え方が変わっちまうな。」 「あっちだってそう思ってるだろうさ、そうでもなければ敵だった俺たちにあんな顔で頭を下げねえって。さて…どうすべえかなぁ?」
椅子にドスンと座って机の上に足を乗せてザックスは何か考え事をしている。その姿が彼らしいと言えばらしいのだが、そもそも考えることをあまりしなかった男の考えるポーズに、ほかの隊員たちから横やりが入った。
「お?!珍しい、脳みそ筋肉族が何か考えてるよ。」
「おいおい、エリック。あれは考え事しているんじゃなくて、寝てるんだってば。」
「そうだぞ、ザックスが考え事なんて、ミッドガルに雪でも降らせる気か…ていうもんだ。」
隊員たちが茶化すように言う言葉すら耳に入っていないのか…それとも本当に寝ているのか疑わしくなってきたリックが、足音を忍ばせてそっとそばに寄ろうとした時、ザックスがリック側だけ瞳を開いて話しかけた。
「安心しろ、ちゃんと起きているぜ。」
「反論はしないのか?」
「言わせたかったら言わせておけばいい。俺はクラウドとお前がわかっていてくれるだけでもうれしいと思っているぜ。」 過去にバカみたいなことばかりしかやってきていない自覚はあった、ただ特務隊に居座り続けたいがために行ってきた行動のおかげで自分がどう見られているかぐらいザックス自身が一番よくわかっていたのであった。
そのことを暗に示していたからなのか、ザックスの言葉を聞いてリックがいきなり態度を変えた。
「自分は今日、今を持ってサー・ザックスを自分の上官として扱います。」
クラスAどころかクラスSすら一目置く男で特務隊影の隊長と称されているリックが、自ら進んで上官と呼ぶ男は数少ない。その数少ない男の中にザックスを入れたということは、他の兵からの見られ方がまるきり違ってくる。それに気がついたザックスがあわてて起き上がりリックに向けて両手をぶんぶん振りまわした。
「やめろって!俺はそういう畏まった態度って奴が大嫌いだって知ってるだろ。」
「わかっちゃいるが、わざとやってじめるというのも面白いな。」
相変わらずのリックにクラウドはくすくすとひと笑いしてから、ザックスに聞いた。
「それで…どうするつもり?リックとセフィロスと俺は顔が知れているから正面切って入るわけにもいかないし、かといって大軍を率いていくわけにもいかないみたいだけど。」
「特務隊は…行くことになるだろうが、お前たちは後ろに控えてろ。おれはこの上着がなければ、そこらへんの兄ちゃんにしか見えねえからな。あと…地方出身は誰が居たっけ?」
「カイルがコスモキャニオン出身だ。」
「んじゃあ俺とカイルが様子見をやる。繋ぎはエリック当たりか…コスタの南でキャンプ張って待ってろ。糸口が見えない限り動かない方がいいだろうな、セフィロスとクラウドは後方待機だ。お前らの顔が万が一敵に見られたら戦わずにはいられなくなる。」
ザックスの判断は呆れるだけ冷静であった。その判断を聞いた隊員たちからは驚きの声が漏れたどころか、ぼけっと口を開けてかたまっていた者すらいた。
「ザックス…おまえ熱でもあるのか?」
「お前が真面目になったら…この星の厄災が復活して一気に襲ってきそうだ。」
「あー、でもあの美人の彼女に”がんばってね♥。”なんて、かんわゆくおねだりされたら、いっくらこの馬鹿猿だって頑張っちゃうわなぁ。」
隊員たちから美人の彼女という言葉が聞こえたとたん、ザックスの顔の下半分が見事なぐらいに崩れ、デレデレになってしまう。それほど大好きなエアリスに入れ知恵をして仕事を頑張るように言わせ始めたのは実はクラウドであった。
クラスAに上がっても書類をためる癖がなくなり切っていなかったザックスに、堪忍袋の緒が切れてエアリスと一緒に料理を作るという日にこっそりと耳打ちしたのであった。
「ザックスさぁ…腕もいいし、後輩の面倒見もいいんだけど…セフィロスがいるからか特務隊から抜けたくないのか、書類はためるし、執務中は半分遊んでるんだ。あいつ、まじめに仕事をすればすっごく頼もしい士官になれるのにもったいないよ。」
クラウドがぽつりとつぶやいた言葉にエアリスが何を思ったのだか分からないが、それから彼女はザックスと会うと必ず別れ際に「セフィロスに迷惑…かけてないよね?」とか「クラウド君を安心させてる?」とか言うようになった。最近では父親からも「最近のザックス君は真面目に仕事をしているのかいい噂ばかり聞くよ。」と言われて、自分がほめればザックスが一生懸命仕事をするのならばと思い、エアリスはいつもにっこりと笑って「お仕事、頑張ってね。」と言ってほっぺにちゅ!とキスをするのであった。
そのおかげかザックスはこのところやたら頑張って仕事をしている。
クラウドはザックスを変えてくれた翡翠色の瞳をした可愛らしい女性に思わず感謝していた。
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