リックはミッシェルからもらったバレンタインデーのお返しが決められずにいた。しかし、渡す期限が明日までしかないと聞かされた。何を送っていいのか分からないがクラスA仲間や特務隊の連中に聞くわけにもいかない。
スタイリストという仕事をしている彼女に、それなりに気に入ってもらえるものを送るにはどうしたらいいかわからなかった時、クラウドの契約先であり一度は服を買ったことのある店のオーナーを思い出して携帯電話を取り出した。
コール音がしてすぐに相手が出る。
「はい、デヴィッド・クレイモアです。」
「あ、あの姫…じゃなかった、サー・クラウドと同じ隊に所属するリック・レイノルドと申します。デヴィッドさんに折り入ってお願いがあるのですが、本日スケジュールが開いていらっしゃる時間はありますか?」
「ああ、リックさんですか。お久しぶりです。今日は午後からなら用事も特にありませんので店にいますよ。」
「ありがとうございます、仕事が終わり次第そちらに向かいます。」
そう言って携帯をたたむと、安堵したようなため息をもらしてから首を振り、特務隊の執務室へと歩いて行った。
8番街のブティック「ダイアナ」では、いつものようにデヴィッドが新しくクラウディアのために書き起こしたデザイン画からパターンを取ろうとしていた。
扉をノックする音が聞こえて振り返ると、白のロングコートを着た体格の良い青年が立っていた。その青年に見覚えのあるデヴィッドはにこりと笑ってデザイン画を置いた。
「やあ、いらっしゃい。今日はいったいどうしたのですか?」
目の前の男がクラウドの背中を守っている男であることはデヴィッドもよく知っていた。その青年が気まずそうに立っているのは慣れない場所であるからだろうか?そんなことを思いながらデヴィッドがコーヒーサーバーからコーヒーを入れる。
「あ…あの…自分には、その…人にものを贈るセンスがあまりないので…アドヴァイスをいただけないかと…」
「え?どうしてクラウド君じゃなくて僕なのかな?」
「サー・クラウドに聞けない相手に贈るもので…」
「なるほど…ミッシェルですか。すると時期的にホワイトデーのお返しですか?」
二人がシェフォードホテルのクリスマスディナーを楽しんだ事をすでに知っているデヴィッドはズバリ正解を言うと瞬時にリックが何とも言えないような顔をして俯いてしまった。
「大丈夫ですよ、僕も口は固い方ですから。それでバレンタインデーに何をもらったかぐらいは教えてもらえますか?聞かないとどのぐらいのものを贈ればいいかわかりませんからね。」
「あ…は、はい。あの…ミッドガルデパートの包装紙に包まれた、あの日デパートでクラウディア様が隊長殿に差し上げたものとおなじチョコとこの携帯ストラップです。」
そう言って差し出した携帯についていたのは、おしゃれな銀の鎖に繋がれたターコイズの牙を模した石だった。
「なるほど、ターコイズですか。この石は守護石で邪悪なものから身を守る石でもあり、ラッキーを呼び寄せる石なんだよ。」
ターコイズはパワーストーンの中でも人気がある。ダイヤモンドをはじめとする宝石に列するが、さほど高額な石ではない。目の前に出されたストラップは凝ったデザインではないが男性が身につけてもおかしくはない。さすがスタイリストを生業としている女性が選んだものである。
携帯ストラップにしてはちょっと高価であるが、それが意味することぐらいデヴィッドにもわかる。アクセサリーなどつけたことのない男に守護石を贈るとしたら携帯ストラップが最適であろう。
そしてこの石に込められた意味をデヴィッドは読み取っていた。
(邪気を払いのけ、困難を乗り越えて願望を達成するサポートストーン…そして不貞があると石の色が変わると言われている。なるほど…ミッシェルはこの彼のことを憎からず思っているってわけか…)
そして目の前にいる青年もそれなりに気にしているのであろう。そうでなければ自分のところに相談には来ない。そう踏んだデヴィッドは不器用な二人をこっそりと応援しようと思った。
「このストラップは500ギル(1ギル=10円相当)ぐらいのものです、それにチョコは貴方のあこがれの人が好きなメーカーの物ですよ。本命とはいいませんがそれなりに仲の良い人へのプレゼントのようですね。」
「え?!そ、そうなんですか?!」
「ええ、贈る相手のことをよく考えていますからね。それで…あなたはどうお返しするつもりですか?」
「あ…あの…それなりに常識のあるレベルで…」
頭をかきながらぼそぼそと呟くような様子は日頃モンスターを相手にひるむことのない男には全然見えない。そんなことを思いながらデヴィッドはかちんこちんに固まりかけている青年の答えを導く。
「ならば同じぐらいの値段のものだよ。一緒にクッキーか…いや、ミッシェルの好きなケーキショップで会うのも手だな。ほら、クリスマスパーティーの時のパティシエのモンブランがお気に入りなんだよ。ル・パティシエ・アデナウワーはこの先を2ブロック行ったところにあるよ。」
「はぁ。では相手に負担にならないようなもので、同じように守り石になるようなものはありますか?」
「ええ、ラピスラズリはいかがでしょう?最強の聖石といわれているパワーストーンですよ。ブレスレットなら気軽につけられると思うし、ペンダントとは違いそう目立つものでもないですよ。」
「それはこちらにありますか?」
「ええ、丁度良いものがあります。」
そう言ってデヴィッドはリックをアクセサリーコーナーへと誘った。
トータルコーディネートをもっとうとしているデヴィッドの店には、服以外にもバッグや小物からアクセサリーまで揃っている。ガラスのケースに陳列されている小粋なアクセサリーを見てもリックには何が何だか分からなかった。
「すみません…自分にはどれが何かよく分からないのですけど…」
「ソルジャーなんだね、君も。そこにある濃紺の石がラピスラズリだよ。」
濃紺の石と言われても、いろいろとデザインも違うし石自体も違っている。その中でも一番無難そうな丸い石が連なっているブレスレットを手にとるとリックはデヴィッドに聞いた。
「これ…ダメですか?」
「いいえ、良いと思いますよ。ただ…彼女はこの店のことをよく知っているので…きっと値段も筒抜けになってしまいかねないんです。」
「そうですね、わかりました。デヴィッドさんには悪いのですがどこか紹介してはいただけないですか?自分…まったくそっち方面詳しくないので…」
色恋沙汰を経験していない年齢には思えなかったが、クラウドから聞かされているこの青年の経歴なら、きっとまだローティーンの頃から兵士として神羅カンパニーに所属していたに違いない。ならば女性と付き合った経験はもしかするとないのかもしれない。そう思いつつデヴィッドはたくさんあるカードの中からリックの目的に合いそうな店を選び手渡した。
「3番街ですが品ぞろえは豊富です。その店のオーナーはよく知っていますので、紹介状を書いて差し上げます。」
そう言うとさらさらとカードに何か書いてリックに渡した。もらったカードを見て場所を確認し、リックが一礼して出ていくと、しばらくしてVIPルームからクラウドが出てきた。
「ありがとうございます、デヴィッドさん。」
「いいえ、どういたしまして。それにしても信じられなかったな、あのミッシェルが…ねぇ。」
「まだはじめの一歩だと思うけど、俺はお似合いの二人だと思うんだ。」
「ええ…そうですね。思わず応援したくなりました。ああ、クラウド君。次の仕事を依頼しておいたから日焼けだけはしないでくれよ。」
「もう!デヴィッドさんまで!それじゃ俺がクラウディアである限り日焼けできないじゃないですか。」
「僕が君に着せたい色はパステル系が多いから日焼けしてもらっては困るんだ。だからそれは正しいよ。」
デヴィッドの答えにクラウドは思わず頬をぷくっと膨らませて裏手から店を出て行った。
* * *
翌日、クラウドが出社するとその日の午後には第一陣としてザックスとカイルが北コレルに行くことになった。サポート部隊としてリック率いる特務隊が北コレルとコスタ・デル・ソルの間の草原にキャンプを張ることになっている。セフィロスとクラウドは週末からコスタ・デル・ソルにある別荘に入ることになっていた。もちろん休暇をエンジョイするという表向きの報道のためにクラウディア・モードでなければいけない。
「どーして俺だけ女装なんだよ?!」
「ああん?!仕方がないじゃんか。そうでもしないとセフィロスとお前を”関係ない”という位置に置くことはできないだろ?」
白のランニングにニッカボッカという”いまからロケットにのってメテオ相手に核でも撃ってくるか?!”という格好だがやたらザックスに似合っているのは気のせいだろうか?これでタオルをよじって作った鉢巻をしていたら最高じゃないか!というクラスA仲間の声もうなずける。その格好を指さしてザックスがニヤッと笑う。
「じゃあさ、お前この恰好するか?」
発達した筋肉を持っているザックスだから似合うのであって、いまだ華奢な体のクラウドがその格好をしたら鋼材をもったとたんに倒れそうなイメージがある。そう思ったのか後ろから同じ格好をしているカイルとエリックが口をはさんだ。
「いやー、姫はこの恰好似合わないと思うぜ。」
「っていうか…こんな格好させたら俺たちあのスタイリストに何言われるかわかんねーし、なぁ。」
以前ミッドガルデパートでの反抗グループ占拠事件でスーツを着た彼らを小うるさくつついた挙句、きっちりとフロア担当に見えるように仕上げた事はいまだに忘れられていないようである。
「だいたい、隊長殿からも言われているんだ。休暇取ってのんびりしているから肉体労働に励んで来いって」
「姫って肉体労働する身体には見えないもんなぁ…のんびりとコスタで休養していろって。」
そこまで言われてもクラウドはいまだに納得しないのか拗ねたような顔をしている。そんな弟分のちょっと癖のある跳髪をくしゃりとなでまわすとザックスがどん!と胸を叩いて言った。
「大丈夫、今回は戦闘にはならねぇよ。ま、ここはお兄ちゃんに任せておけって!」
どこからその自信が来るのか分からないが、さも自信ありげに言う目の前の男はつい先日まで”お気楽極楽”をモットーにしていたような性格だと思っていた奴である。流石にクラウドは信じてあげたくても信じ切ることができないままでいた。
それに気がついたのかリックがくすりと笑って話しかけた。
「信じられないんだろうな。でも、ザックスだけじゃない。肉体労働チーム全員がナイフぐらいは持っていくが剣は持たずに入る予定だ。おまけに見事なまでに肉体労働が似合うタイプの体つきだ、連中も疑わないよ。」
「そーそ、方言もばっちり!これで疑われたらそれこそ俺が都会になじんでしまったからってことだぜ!」
呆れたような顔になったクラウドに手をあげて、ザックスたちは飛空挺に乗り込んでいった。
|