ザックスたちを乗せて豪音で飛び去っていく飛空挺を見送った後、クラウドは寂しげに治安維持部の廊下を歩いていた。
 クラスSソルジャーの一人であるライオネルがさみしげに歩く少年の姿を見ると声をかけた。
「いかがいたされました?姫。」
「魔晄炉の解体工事という今回のミッションに自分が行くのはふさわしくないから、後からコスタ・デル・ソルに来ればいいと言われたんです。ちょっと悔しくて…」
 クラウドの言葉に思わず苦笑しながらライオネルが問いかけた。
「それはご自分が参加できなくて悔しいのですか?それともザックスがご自分では考え付かなかった計画で解決しようとしているのが悔しいのですか?」
 ライオネルの言葉に思わずクラウドがはっとしてからうつむいた。そしてしばらく考えた後で答えた。
「たぶん…自分では考え付かなかった計画で解決しようとしているザックスの手腕を確認したかったのだと思います。」
「ならば計画通りにコスタ・デル・ソルで報告を受けてもよろしいのではないですか?大丈夫です、特務隊の連中の半分は一緒に行くのですし、すぐ後ろにリック達が待機しているのでしょう?それにそろそろ普通のクラスSがするように後方で報告を待つのも経験されてはいかがです?」
「自分は特務隊に居続けたいと思っています、隊長殿が先陣を切るのがこの隊の特徴なら、隊長の補佐をしている自分も先陣を切るのが普通です。後方待機はいささか辛いですよ。」
 クラウドが一礼するとクラスA執務室に入って行った。
 クラスA執務室で一通りの書類を整えるとクラスS執務室にいるセフィロスのもとに持っていく。扉をノックして開けると同時に部屋の前で敬礼して来訪を告げる。
「第13独立小隊隊長補佐クラウド・ストライフ入ります。」
 扉を開けてクラスS執務室に入ると、その場にいたソルジャー達がちらりとクラウドを見るが、誰も声をかけることはなかった。すでにクラウドの瞳は強い輝きを放っていて、その迷いが取れたような顔をしていたからだった。
 目の前まで歩いてきたクラウドに机に座り書類を片手に顔をあげてセフィロスが話しかける。
「ほぉ…先ほどまで後方待機が嫌だと文句を言っていたというのに、いったいどうした?」
「その件につきましては先ほど納得しました。それよりも…隊長も隊長補佐も後方待機という状況をどう過ごせばよいの分からないのですが?」
「そうだな…お前は私の補佐なのだから出発までここで書類の整理でもしていろ。」
「一番引き受けたくない仕事ですね。」
 ため息をつきながらクラウドがセフィロスの隣にある小さなスペースに、スチールパイプいすを持ってきて座ると、書類の山から一部づつ取り上げては、自分で出来る範囲で片付けて行った。


* * *



 その日、帰宅すると部屋の電話に留守番電話の着信記録があったので再生してみるとエアリスからのものだった。
『あの…ね。次にいつ逢えるのかな?』
 どこか嬉しそうな弾んだ声にザックスからのプレゼントに何かいいものをもらったのか?と思わず羨ましくなる。ポケットから携帯を取り出すと一つ年上の可愛らしい女性の携帯番号をプッシュした。
「あ!クラウド君。もう帰ったの?」
「え?ミッションなら始まったばっかりで俺は明後日からあっちに行くことになっているけど?」
「ああ、ごめんなさい。そいう意味じゃないわ、今日のお仕事が終わったってこと。」
「え?アハハハハハ!ごめんごめん、エアリスに電話する時っていっつもミッションが終わった後だったもん…明日の午後、店に行くけど…ねえ、何もらったの?凄くうれしそうじゃん!」
「え?わかる?!ダイアナにあったクラウディア・モデルのピアスもらっちゃった…」
 嬉しそうにはしゃぐエアリスの言葉を聞いてクラウドは思わずびっくりした。
「って…ザックスのやつ何考えてんだよーーー!俺のとお揃いってことだよ!!」
「そぉ?私は嬉しいよ。クラウド君とお揃いなんて早々できないことだし、それに凄く人気があってかなり前から予約しないと手に入らないんだからぁ!君はオリジナルをもらっているんだから知らないでしょうけど可愛いくて女の子に人気なんだからね!」
 そう言ってはいるがどうやらそんな人気のアイテムをキッチリと抑えてくれた恋人のことをさり気にのろけているようにしか聞こえない。なぜなら…
「ね、クラウド君は何をもらったの?」
 そう、クラウドの愛する人はこの手のイベント事に対して無頓着な人なのである。なにしろもう何年も神羅の英雄とほめたたえられ、言いよる人の数は星の数ほど居たのであった。そんな相手と浮名を流していたセフィロスだったが、だれ一人として長く恋愛関係を続けたことはなかったのである。そんな彼が唯一求めたのがクラウドであった。
 そしてクラウドは母親以外のだれからも手を差し伸べられることなく育ってきた。そのせいか自分から求めても答えてくれる人が今までいなかったた。
「何ももらっていないよ…。」
 ちょうどその時玄関の扉が開かれてセフィロスが部屋に入ってきた。
 部屋に入る前からソルジャーとして強化された聴覚でクラウドが誰かと話していることを知ると、完璧なまでに気配を消してそっとクラウドに近寄っていたのであった。そんなことは知らないクラウドはエアリスとの会話をそのまま続けていた。
「え?どうしてって言われても、セフィロスはホワイトデーを知らないと思うんだ。お返しをくれなんて言えないよ。」
 間もなくクラウドの隣に立てるという位置で聞いた言葉にセフィロスが反応してしまった。
「ホワイトデーだと?お返しというのは何に対してなんだ?」
「うわ!びっくりした!!」
 突然話しかけられてクラウドが思わず電話を取り落としたのでセフィロスが落ちる前にキャッチすると小さなスピーカーから聞き覚えのある声が叫んでいる。
「煩い。クラウドは無事だ…ん?ほぉ…たまには良いことを教えてくれるものだな。わかった…ほら、クラウド。」
「え?あ…ああ、ありがとう。」
 電話を受け取りながらクラウドはエアリスがいったい何をセフィロスに教えたのか聞き出そうとしたが、彼女は絶対答えてくれなかった。一方的にもらったプレゼントとエアリスののろけを聞かされて、いささかげんなりし始めたころ、満足したのか彼女から「じゃあね。」という言葉とともに電話が切れた。
「ふぅ…さんざんのろけられた。」
「そうか…では次はお前がのろけてやれ。」
「無理…それやると聞きあきたって言われるんだ。」
 そう言ってセフィロスを見上げるクラウドはとてつもなく可愛らしい。そんな愛妻を抱き寄せると甘く耳元で囁く
「では、彼女の前でさんざん見せびらかすというのはどうだ?」
「怒られちゃうよ、だって今ザックスいないもん。そんなことやると「クラウド君、それって嫌味?」って言われちゃうよ。」
「まったく…お前とエアリスは本当に姉弟のようだな。コスタに行ったら何か良い土産でも探してやれ。」
 目の前の男から今まで出たことのない言葉にクラウドが一瞬びっくりしたような顔をした、その反応に気がついたセフィロスが問いただした。
「どうした、私は何か変な事を言ったか?」
「う、ううん。なんでもない。明日はあっちの仕事を片付けるからね。」
「ああ。ティモシーがいるのだからそれは大丈夫だろう。どこから探し出したか知らぬが有能な連中だ、まったくの素人をスーパーモデルにまで仕立て上げた才能は並ではないぞ。」
 そっけなくても自分には優しいセフィロスが自分の周りの人たちにも関心を向け始めていることをクラウドは悟った。そして彼の人を見る目の正確さをまざまざと見せつけられたのであった。
 それならば彼の見たザックスというものを聞きたくてクラウドは首をかしげてたずねた。
「じゃぁ…ザックスはどうなの?」
「心配か?そうだな、今までやったことのないやり方だから不安の方が大きいか…すでに北コレルの魔晄炉は停止している。ザックスではないが、それを見せてやれば反抗勢力は反抗しなくなるかもしれない。やつらも自分の目で見れば納得するだろう、それでも反抗をするならすぐに応援を呼ぶ約束になっているのであろう?ならば何を心配する。大丈夫だあいつの性格なら北コレルの連中ともすぐに仲良くなれるさ。」
 確かにその通りである、そして一度仲良くなった相手が戦うべき相手であると知らされたあとはリックの反応でよくわかっていた。
「うん、そうだね。」
 ほかの誰に言われるよりもセフィロスに言われると安心する。にっこりと笑うとクラウドは愛しい人のためにキッチンに入ろうとしたが、セフィロスに背中から抱きしめられる。
「たまには外に食べに行かないか?」
「ええ?!そんなことしたら女装しないとだめじゃないか。」
「どうせ来週はずっと女装だろ?」
「う…ううっ…、ストックがなかったらね。」
 冷凍庫にあるある程度作ってある食材を探すが、最近忙しかったのでほとんどと言っていいほどなかった。
「うわ!な、何にもないや。もう…仕方がないなぁ…」
 ぶつぶつ言いながらクローゼットの中を探しだそうとすると、すでに着替えを終えたセフィロスが腕にパステルピンクのワンピースを持って立っていた。
「ほら、クラウディア。お前のお気に入りのワンピースだぞ。」
「これはミッシェルの趣味なんだけどなぁ。」
 そう言いながら服を受け取るとさっと着替える。カチューシャで跳ね髪を押さえるとそこにはもうすでにモデルとして有名な少女が立っていた。

 レストランで夕食をとり戻ってくると、今度はティモシーから電話が入っていたようだ。置き去りにしてあったピンクの携帯の小窓がちかちかと光っていた。
 あわてて電話を入れると明日の事務所入りの時間の確認で、きっちりと携帯の不携帯のお小言をもらった。

 クラウドがいつものようにセフィロスに抱きしめられながら寝入る頃、北コレルに入った特務隊の隊員たちはプレハブの宿舎に入って明日からの打ち合わせをしていた。
「うう〜〜時差が恨めしい。今ミッドガル時間だと夜だろ。なのにこっちはまだ明るいぜ。」
「泣くな泣くな。で、科学部門のお偉いさん達はどこから壊せって言ってるんだ?」
「とりあえず炉心が冷えているかどうかの確認から始めるってよ!その間に俺たちはアルバイト登録だぜ。」
「なぁ…もしかしてこの仕事ってミッションのお金と別に時給が出るのか?」
「モンスター出ない分追加手当がないからしっかり働けよーー!」
 仲間うちしかいないとはいえ、流石にこの会話はいただけないと思ったのかザックスは苦笑いをしていた。
「おいおい…明日からはこんな会話できねーぞ。わかってんのか?」
 隊員たちが顔を見合わせた後親指を立てる、そんな仕草もあいかわらずではあるが頼もしくもある。ザックスはもう一度一緒にいる仲間たちに話しかけた。
「いいか、明日からは俺たちはカンパニーの兵士じゃなくてただのアルバイトだ。いつものようにタメ口でいくぞ。」
 そう言うと携帯メールで北コレルへの到着をセフィロスとリックに送った。