ザックスからの定期的なメールのおかげでリックにもセフィロスにも手に取るように状況がわかる。それは実力突破型で報告書をあまり書きたがらない男にはあり得ないほど細やかな報告であり、その内容を聞かされているクラウドは目を丸くするばかりであった。
「ねぇ…セフィロス。ザックスってどれだけいままで本気を出さなかったのかな?」
「そうだな…今の奴を100%とするなら過去の奴は30%というところか。しかしこれが100%だとは思えないな。」
「え?!セフィはザックスはもっとやれると思っているの?」
「あいつはこの私をトップソルジャーの座から引きずりおろすと言ったのだぞ。それならば今の倍ぐらいは能力的に欲しいものだと言ったら軽く出してやると言ったのだ。」
「え!本当?!」
「ああ。それが現実になるのなら今住んでいる部屋をくれてやると言ったら、あいつは誓約書をよこせと言った。まったく、この部屋一つであいつが本気になるなら安いものだ。」
「じゃ…もしそれが本当になったら…俺たちはどこに住むの?」
「私もお前も一線を退いたらきっとマスコミに追われてしまう、だからミッドガルから出るつもりではいたのだ。そうだな、カームの郊外に広い庭の家を探すか。」
セフィロスの言ったことはあと数年後に来る未来にきっと起こるであろう現実であろう。言われるまで現実に感じてはいなかったクラウドだが、セフィロスはそんな先のことまでしっかりと考えてくれていた。それがクラウドには嬉しかった。
「ありがとうセフィロス。でも、その時ミッドガルから出たら俺は逃げたと思われる。たとえ批難されて訴訟になっても俺は逃げたくないよ。」
その言葉が…その態度が、クラウドが戦士であると告げていた。どんなに愛らしい笑みをうかべ、華奢な体をレースとフリルのドレスで飾られていても…その心根はあまりにも男らしい。
「わかった、しかしお前に限界が来たと思ったら…その時は抱いて逃げるぞ。」
「だ……(///@.@///)…もう…でもそうだね。あと数年なんだからティモシーにしっかりと伏線を張ってもらって…もうちょっと俺自身がクラウディアの代わりに出るようにしないと…ね。」
ティモシーもそれはよく承知していて、クラウディアとしてモデルデビューする最初の契約から契約書に「クラウディアとしての仕事がこなせるのであれば性別は問わない」と明記されていたのである。もっとも契約相手はクラウディアが女性であると思い込んでいる節もあり、レッドゾーンにかかっている場所での撮影の時にクラスAソルジャーのフル装備で現れるクラウドを見て、ひと悶着あることもある。
スタッフが自分のことをよく考えてくれているのはクラウドもよくわかっている。しかしあくまで伏線は伏線である、クラウディアが地獄の天使と呼ばれている男と同一人物であることはいまだに多くの契約先は知らされていない。
「セフィロスの隣にいたかっただけなのに…なんだか思っていたこととは違う状況になってきたな。」
クラウドは思わずため息をつきながら、ザックスにメールを送った。
* * *
翌日、待ち合わせ場所である事務所に行くといつものようにティモシーとミッシェルに迎え入れられる。
「今日は8番街のル・パティシエ・アデナウワーからの依頼だよ。」
「え?!じゃあケーキが食べられるの?!」
すでに顔なじみになってしまった名パティシエからの依頼と聞いて思わずクラウドは喜んでしまう、その表情を見てティモシーは苦笑してしまうのであった。
「君がケーキが好きだというのは知っていたが…今の顔は戦士の顔じゃないよ、どこからどうみてもケーキ大好きの美少女モデルの顔だ。」
ティモシーが話している途中から頬をふくらませて拗ねているクラウドに、ミッシェルがいつものように頭をぐりぐりとなでまわす。その左腕に青い石でできたブレスレットがはまっているのをクラウドはとっさにとらえていた。
(真面目だねぇ…リックって。)
隠れて聞いていたダイアナのVIPルームでのデヴィッドとリックの会話、ミッシェルが腕にはめていたのはその時アドバイスをもらったとおりのラピスラズリのブレスレットだがゴールドの飾り細工がとてもきれいなものだった。
しかしミッシェルの性格もリックの性格も知っているが故下手に聞くわけにもいかない。彼らなら自分に嘘をついてでもごまかすことをすでに身につけている、そう確信したクラウドはあえて聞かないことにした。
「ミッシェルだってあそこの店のモンブラン大好きだろ?撮影終わったら一緒に食べようよ!」
「いいけど…お願いだからその場で20個も並べてどれから食べるか悩まないでね。」
「ううう…ティモシーもミッシェルも嫌いだぁ〜〜〜!!」
頬を赤らめて拗ねるクラウドはとてもではないがトップクラスのソルジャーには思えない、そんなギャップにもすでに慣れたのかスタッフはてきぱきと撮影の準備に入って行った。
「ほら、クラウド君早く着替えてきて。8番街が危ないってことはないんでしょ?」
「ふぁ〜〜〜い。」
不服そのものの顔をしてクラウドがミッシェルから衣装を受け取ると着替えるためにいったん部屋を変わる。今日の衣装はあまりフリルもレースもない白いブラウスだがチロリアンテープで縁取られたエプロンドレスを上に重ね着すると一気に雰囲気が変わる。ミッシェルが跳ねた癖髪を手早く直し、ごくナチュラルなメークを施す。鏡を見ると見なれたはずの美少女がいるが、いつまでたってもその美少女が自分であると思いたくないのはクラウドの意地なのであろうか?
いつまでも鏡を睨んで動かないクラウドをクスリとほほ笑みながら腕を引っ張りミッシェルが移動を促すと、しぶしぶと言った様子で椅子から立ち上がった。
ティモシーが事務所の表に通じる扉を開いて待っている、その先には専属カメラマンのグラッグがミニバンを停めて扉を開けて待っていてくれた。
ミッシェルに導かれるようにミニバンに乗りこむと、ティモシーがしっかりと事務所を閉めて後を追いかけるように乗り込む、スタッフが乗り込んだのを確認するとグラッグが運転席に座りゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
ル・パティシエ・アデナウワーの前にはにこやかな笑顔のオーナー・パティシエが待っていた。
軽く挨拶をすると店内に案内しようとして美少女モデルの後ろについているスタッフに気がついた。
「おや、あなたは昨日お店にいらして下さいましたね。ありがとうございます。」
まさか客の一人でしかない自分を覚えているとは思っていないミッシェルがびっくりしたような顔で答えた。
「え?あ、あれはプライベートで…あの…その…」
しどろもどろな答えをする女性にやわらかな笑みを浮かべて名パティシエが記憶に残っている理由を教えた。
「あなたを覚えていたのは他でもない連れていたパートナーの方が珍しかったからですよ。同じお仕事をされていらっしゃる方でご贔屓に預かっている方もいらっしゃいますが、流石に皆様普段着でいらっしゃいます。白のロングコートを着ていらっしゃった方は初めてですからね、どうしても目立ってしまって…」
その言葉にミッシェルが苦笑いをし、ティモシーが即座に反応した。
「まったく…スタイリストと付き合うタイプじゃないな、ずいぶん無頓着な人だね。あの彼だろう?ほら、クリスマスの…」
そこまで言われるとすぐに誰だかばれてしまう、ミッシェルがあわててティモシーを口止めしようとしたがすでに遅かったようである。
「ええ、あの彼ですよ。お忙しいでしょうからこの話はもういたしません。では打ち合わせを始めましょう、こちらへどうぞ。」
アデナウワーが店の入り口を開けてオーナーズ・ルームへと手招いた。
クリスマスパーティーで起こった事件をこのパティシエもしっかりと覚えていた。目の前で起こった殺傷未遂の事件は普通の女性ならば震えあがっていても何ら不思議ではない。そんな様子のミッシェルを一生懸命カバーしていたクラスAソルジャーの青年の態度と目の前にいる華奢な美少女モデルの態度があまりにも似ていたのを不思議に思ったものである。
以前ミッドガルデパートであった反抗勢力の占拠事件の時にも感じた疑問であったが、このとき瞬時にアデナウワーの脳裏にあまりにも突飛で…それでいてそれしかないと思える答えが一つだけ浮かんだのである。
それを確認したくて、ポスターの依頼を打診したのであった。
オーナーズ・ルームにはいると、ティモシーが鞄から書類を取り出して契約の確認に入る。
「ムッシュ・アデナウワー、本日はクラウディアに仕事を依頼していただきありがとうございます。ところで…どうやら感づかれていらっしゃるようですね。」
感の鋭いティモシーがずばりと切りこんだのでアデナウワーが苦笑しながら答えた。
「ええ…最初こそあの方のために気丈になっていらっしゃると思っていました。しかし二度も同じ場面に立ち合って、それがソルジャーとおなじ姿勢であるとわかりましたので確信していました。」
「これだから感性の鋭い方は苦手です。あなたの思っていらっしゃる通り、クラウディアは男です。それでも依頼を続けますか?」
「はい、彼の可愛らしい姿をよく存じています。だからこその依頼だと思ってください。それで…本名は?」
「彼の本当の名はクラウド・ストライフ。地獄の天使と呼ばれているクラスAソルジャーです。」
「わかりました。いろいろとあったのでしょうが、もう詳しくは聞きません。しかしMr・グランディエもルイも知っていて黙っているのかな?」
「どうでしょうね、詳しく聞いたことはありません。」
黙って聞いていたクラウドが次第に蒼い顔をさせていた。その隣でミッシェルが肩を抱くように支えている。
それに気がついたティモシーが緩やかに微笑んで話しかけた。
「大丈夫ですよ、クラウド君。ここには誰もあなたを責める人はいません。ちょうど良い機会です、こうして事実を知っている人を増やしていくことにしましょう。ムッシュ、ではよろしくお願いいたします。」
「光栄ですね、では改めて依頼いたします。私のケーキを目の前に嬉しそうにほほ笑んでいるポスターを取っていただけますか?」
「喜んでお受けいたします。」
ティモシーが立ち上がって右手を差し出すのをクラウドはなんとも言えない様子で見つめていた。
* * *
その日の夜、クラウドはセフィロスに今日の出来事をすべて話した。
「ふふっ…侮れない男はどこにでもいるものだな。」
セフィロスの発言にクラウドがびっくりしたように尋ねた。
「え?!それって俺の周りにって事?」
「ああ、そうだ。ジャック・グランディエ氏、それとあのミッドガル銀行の男とその恋人。それから…」
「ちょ、ちょっとまって!あの二人も?!」
「あの男の人物観察はかなりのものだぞ、おまえを見る顔が常に探りを入れている顔だ。恋人が精神科の医者ならなおさらだ。」
「うわぁ…俺、そんなにわかりやすいかなぁ?」
「一発では見抜けないとは思うが二度も三度も危険を回避するのを見ると普通なら感づく、おまえの態度はどこからどう見てもソルジャーそのものだからな。」
「ティモシーと話して決めたんだけど…ジャック・グランディエ氏にはすべてを話すつもりでいるよ。味方にすれば心強いって言われたし、ジョニーにも同じことを言われている所を見るとすでにばれているかもね。」
しかしきっかけがないとそれは話せない状況になりつつあった。
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