携帯メールが着信したことで微妙な振動を感じ取り出すと、ジョニーはメールを一読し苦笑いをした。そんな仲間を横で見てリックが話しかける。
「どうした?ジョニー。」
「どこぞのモデルからの相談事だ。どうやって親父に打ち明けようって…」
「ああ、ジャック・グランディエ氏か。あれはわかっていて無視しているんだろうか?」
「そう思うな、しかもそばにサトルとライザがいるんだ、わからない方がおかしい。」
「おまえの親友って奴はそれほど凄い奴なのか?」
「ん?まあな。もし賭けの対象に出来るものなら「あいつはわかっている」という方に持っている小遣い全部かけてもいいぜ。」
 目の前の男は負ける駆けをしたことのない男である、そんなジョニーが小遣いの全額をかけても良いというのは絶対的な自信があって言うのであろう。リックもその男のことをしっかりと覚えていた。
 一度しかすれ違ったことのない男であるが、洞察力の鋭さと度胸は普通の銀行マンには思えなかった男であった。
「銀行のトレーディングマスターにしておくにはもったいない男だな。」
「やめてくれ…俺はここでまたあいつに負けたくないよ。」
 ジョニーがつぶやいたその一言でリックは確信した。

(それほどまでこいつが言うような男が見破れない理由はない。)

 だが、今はその話を続ける時ではない。そう判断したリックは自分の携帯を覗いた。ザックスからの定時連絡を待っているのである。その様子を見てジョニーも苦笑いをする。
「お互い後方待機は慣れねえなぁ。」
「まあな、俺たち特務隊の隊員は最前線で戦うことを義務付けられているようなものだったからな。で、ザックスからはその後なにかあったか?」
「目的通りかなりの人数が北コレルのアルバイト募集に応募してきたらしい、反抗勢力の顔写真はタークス経由で渡したな?明日は頼むぜ。」
「俺最近こんな役ばっかりだぜ…。こんなところでスーツ着たかねえけど仕方ねえなぁ…一張羅が台無しだぜ。」
 面接予定の明日、乗り込む予定になっている面接官役を仰せつかったジョニーが愚痴を言うと、リックはテントの外に出て周囲を見渡した。やがて北の方から同行する科学部門が到着するとテントに招き明日の打ち合わせをし始めた。

 翌日、北コレルの魔晄炉近くに建てられたプレハブ小屋に一台の車が横付けされた。
 中からどこから見ても上等のスーツを着たエリートサラリーマン風のジョニーと白衣を着た科学部門の担当者、そして運転手として白ロングを着たままのリックが現れた。
 その様子を窓から眺めていたザックスが周りの仲間に話しかける。
「来たぜ、どこぞのエリートサラリーマンが、よ!」
「うひゃぁ、ひょろひょろだぜ。サラリーマンってのは筋肉なくてもやっていけるのかよ。」
「あの隣に立っているやつ、俺知ってる。銀鬼の懐刀のリックって奴だ。」
「またまたすっごい奴をボディガードにしてるじゃねえの、俺たちが怖いのかねぇ。」
「ま、ザックスの言う通りとりあえず向こうの様子を見るか。」
 持ち前の性格で北コレルの反抗勢力の連中とすでに親しくなっていたザックスは、敵である反抗勢力を口説きとりあえず様子を見ることに賛成させていたのであった。反抗勢力としても戦闘に持ち込むなら相手は強化されたソルジャーだから無駄に命を捨てる前に魔晄炉が停止しているかどうか見てからでも遅くはないと言われて納得したのである。
「いーじゃねえかよ、俺の住んでいるゴンガガなんざ魔晄炉がぶっ壊れたおかげで周囲10kmはなにも生えないんだぜ。それに比べればここはまだ雑草とはいえ草だって生えている。ここが地獄だとしたら…あっちはなんだよ。しかも魔晄炉を封鎖すればしばらくしたら土地が復活するって言うじゃねーの。お前らまだ幸せだぞ。」
 北コレルの反抗勢力にしてみればゴンガガの寂れ具合は他人事ではない。すぐそばで実際に起こった事実なのである。そこから来た男の一言は自分たちの言うことよりも重みがあった。
 場内に設置されたスピーカーから広場に集合のアナウンスが入る、どうやら面接が始まるようである。この面接に通らないとせっかく働く機会に恵まれてもお金はもらえない。
 面接担当者が事前に提出された履歴書を見ながら一人一人面接を始めた。
 反抗勢力にとっては緊張する時間であろうが、あらかじめ北コレルの連中を中心に採用するように打ち合わせしてある出来レースのようなものである。ザックスはのんきに構えていた。
 そして目的通りの人選が行われたあと、あくまでも頭脳労働タイプの雰囲気を振りまいてジョニーは帰って行った。その場にいる誰もがその姿を疑っていないのが笑えるほどである。上物のスーツと雰囲気一つで戦士にもエリートにも見える器用な男に呆れかえりつつも翌日からの解体の打ち合わせを科学者たちと行った。
 翌日からはじまったお約束の肉体労働は昼の休憩と夕食後に後方待機しているリックとそろそろコスタ・デル・ソルに入ったであろうセフィロスにメールで知らせている。
 炉芯がすでに停止しているのを見た反抗勢力の顔は想像通り唖然としていた。
 そこにはすでに反抗する理由がないという事実がくっきりとあらわされていたのである。カンパニーの粗を探してぶっつぶすと息巻いていたはずの男たちはいきなり威勢がなくなり、大人しく肉体労働にいそしんでいる。
 その報告を聞いてリックは周辺モンスターの討伐にキャンプの目的を切り替え、セフィロスに許可を求めてきた。
 しばらくするとさほど強いモンスターもいないが嫌な攻撃をしてくる奴がいるので、出会ったら速攻で倒せと返事が来るあたりはトップクラスのソルジャーの返事らしい。別メールでクラウドから「すぐに行く!」とあるあたりも笑ってしまう。きっと今頃コスタ・デル・ソルの別荘で「行く!」「行かない!」と痴話げんかが始まっていると思うと、その内容をザックスに全部教えるべくメールを打っている自分がいた。
 ほくそ笑みながら携帯メールを打ち込んでいるリックを別動隊の仲間たちが思わず突っ込みを入れた。
「どうした、リック。何か面白いことでもあったのか?」
「ん?ああ、今頃姫と隊長殿がここに来る、来ないと口げんかしてると思うと笑ってしまってな。」
「さて諸君、賭けの対象になるかな?」
「いや、ならない。きっとお二人とも前線に飛び出したくてうずうずしていると思うから飛んでくる。」
「…ああ、あるとおもうな。」
 キャンプに思わぬ爆笑が漏れた。


* * *



 その頃、コスタ・デル・ソルの別荘ではリックの想像通り、クラウドとセフィロスが口げんかを始めていた。
「だーかーらぁ!リックたちではあそこのモンスターの「死の宣告」とかに対応できないでしょ!」
「しかしだな…お前が北コレルに入ると魔晄炉を解体しようとしている連中がどうでるか…」
「北コレルじゃない!コレル山にも入らないようなコスタ・デル・ソルの南でしょ?それに目的が違うもん!だいたいセフィロスだって行きたくて仕方がないくせに…」
「わかった、ただしザックスに打診して特務隊がモンスター討伐に来たと探らせてみてからだ。その反応が悪かったら行くことはできないぞ。」
「うん、わかった!」
 嬉々とした顔でうなずくとクラウドは携帯メールで言われたとおりの文章をザックスに送った。

 携帯の着信を見てザックスが頭を抱えた。

(頼むって…クラウド、大人しくしていてくれ…)

 こっそりと周囲を確認すると科学部門の顔見知りにメールを送ってうわさを流してもらうことにするが、セフィロスにはとりあえず「クラウドを一日は動けないようにしてくれ、愛妻の腰が立たないようにするぐらいお手の物だろう?」とメールを送ると、すかさず「終わるまでずっと動けなくしておくから安心しろ」と返事が来た。

リックにクラウド達の動向をメールしながら、隊の要でありいつでもクラスSに行けるような実力者の彼がなぜこの手を思いつかなかったかわからなかったザックスだが、それがあの二人の私生活をあまりにも詳しく知っているが故とれる手であるとは、このミッションが終わりミッドガルに帰還するまでわからなかった。

 ザックスから来た返信メールを見て顔を赤くしたリックに隣にいたジョニーが首をかしげた。
「どうした、お前が顔を赤くするなんて珍しいな。どこぞの女からのラブ・メールでも着たのか?」
「いや違う、ザックスの奴隊長の私生活を知っているが故の手を使って姫を足止めすることに成功したようだ。」
「へ?私生活って…あー!その手があったか!隊長殿に腰が立たないぐらい姫を可愛がってやれと耳打ちすりゃ足止めできる!くぅ〜〜〜!俺としたことが、畜生!駆けを成立させてひと儲け出来たってのに!!」
「おいおい、そっちかよ!」
 リックが笑顔で突っ込みを入れるが、すぐに真顔に戻り、当直の順番や食料の確保の当番など、決めるべきことをてきぱきと決めなければならない。しかし影の隊長とまで呼ばれている男である、そのぐらいのことはお手の物であった。手際の良い采配で半分しかいないとはいえ小隊をまとめていた。

 北コレルの魔晄炉は着々と解体されていた。
 食堂に集まって朝ごはんを食べていると科学部門の担当者がやってきて、食堂中に聞こえるような声で言い放った。
「昨日よりコスタ・デル・ソルと北コレルの境近辺でカンパニーのソルジャーの一個小隊がモンスター狩りを始めた。ここもモンスターがでないとは限らないが、もし現れても彼らがすぐに対応してくれることになった。安心して働いてほしい。」
 一瞬、食堂の中がざわめいたが、殺気立つようなものはない。しかし念のためザックスはすでに仲良くなっていた反抗勢力の一員と思しき男に話しかけた。
「一個小隊だとさ、この辺のモンスターって強いのか?」
「お前確かゴンガガだったな、似たようなものだ。山に入れば電撃くらわせてくれる鳥型もいるが山一つ越したニブルほど強くはないな。」
「だが一個小隊って程度じゃそれほど安心もしてられねぇだろ?」
「昨日カンパニーのエリートがここに来た時に一緒にいた男がいるなら…そのモンスター狩りをしているのはきっと銀鬼の一隊だ。下手な一個大隊より強い連中だ。」
 男が顔をしかめた時、TVが芸能ニュースを流していた。
 コスタ・デル・ソルにセフィロスが婚約者のクラウディアを伴って投宿していて、昨夜は市長の招きでパーティーに出席したと芸能レポーターが声高に話したてていた。
 ザックスが目の前の反抗勢力の一員に話しかける。
「銀鬼はコスタ・デル・ソルだとよ。」
「なにかあったらすぐに対応できる距離だ、やっぱり郊外でモンスター狩りをやっているのは特務隊だな。そうなると率いているのは地獄の天使か…」
 冷静な判断をする男にザックスがにかっと笑って頭をぐりぐりとなでつける。
「んな怖い顔すんじゃねーよ、そんな有名な奴が控えているなら、ここがモンスターに襲われる心配はねーだろ?」
「お前はソルジャーが怖くないのか?カンパニーが憎くはないのか?」
「村がああなっちまったのはカンパニーが悪い。そりゃちっとは憎いと思ったけど…憎んだって村の自然はもう戻らない。なんせ20年近く変わってねーもんなぁ。もうゴンガガの近くの土地に復活する力がないなら、生きていくために別の選択をするさ。俺の村の働き手ははそうやって働く機会を見つけて村の外に出て行くんだ。おかげで村に残っているのはその土地から離れられねーじいさんばあさんばかりになっちまった。」
「…………。」
 複雑そうな顔をする男にザックスは再び頭をガシガシとなでまわした。
「んな顔すんなよ!ここはまだ土地に力がある。魔晄炉を解体すればもっと土地ができるからお前らはせっせと畑を耕すんだぜ!絶対に俺の村の二の舞にはなるなよ。」
「あ、ああ…。」
 苦労していると思われる割に陽気な男に反抗勢力の一人は思わず頭を下げたのであった。