キッチンに立ってしばらく料理を作っていると、インタ−フォンがセフィロスの帰着を教えてくれる。カンパニーでどれだけ言い争っていても家にまでは持ち込まないのが二人の暗黙の約束である、クラウドは出来上がった料理をテーブルに置き一旦エプロンを取った時、家のチャイムが鳴った。
 パタパタと玄関まで迎えに行くのとほぼ同時に扉のオートロックが空きセフィロスが入ってきた。
「おかえりなさい、セフィロス。」
「ああ、ただいまクラウド。」
 クラウドがにっこりと笑みを浮かべて両手を差し出すと、その手に政宗をあずけ、部屋の中にセフィロスが入ってくる。
「ああ、そうだ。ティモシーたちにはもうミッションの事は伝えたのか?」
「うん。俺、すごくうれしいんだ。ティモシー、ううんおそらくミッシェルも”クラウディアもクラウドも好きだ”と言ってくれるんだ。本当、いいスタッフだと思う。彼らを紹介してくれたルーファウスに少しは感謝しないとダメかなぁ?」
「それはやめておけ。あいつは今頃お前に連中を紹介したのは間違っていたと思っているさ。」
「でも…さすがに6週間の不在には頭を抱えていたよ。誕生日もあるというのにどう言い訳しようかって。」
「クックック…さしずめこの私がミッドガルにいないからと泣き暮らしているから出てこれないとでもいうしかないな。」
「アハハハハ!それ、俺がついさっき考えて、ティモシーに言った言い訳だよ。」
「そうか。しかししばらくはモデル業にいそしむことになりそうだな。」
「仕方ないよ。俺が北の大空洞に行っている間の仕事も片付けておかないと、ね。」
 笑顔のクラウドをそっとセフィロスが抱きしめながら耳元でさつぶやいた。
「お前と…共に過ごす時間をもっと欲しいと思うのは…私のわがままなのか?」
「クラスS昇格の事?同じクラスになったら帰宅時間とかも一緒になっちゃうだろ?俺セフィロスに飽きられそうで…ちょっと怖いんだ。」
 ちょっと照れながら打ち明けるクラウドの可愛らしいこと!!目の前のごちそうよりも食べてしまいたいほどである。思わず抱きしめる腕に力を込めてしまうセフィロスであった。
「お前があとどのくらいカンパニーにいられるかわからんが…その間の時間、お前を独占したいだけだ。できるだけこのミッションでクラスS昇格への自信をつけてほしい。」
 セフィロスに望まれているのであれば、それに答えたい。そう思ったクラウドは自分を抱く男に緩やかにほほ笑みながら軽くうなずいた。
「うん……セフィロスがそういうのなら…。」
 腕の中の少年が花のように微笑んでいるのを楽しむと、そのままでいたい自分の気持ちをぐっと抑えて、一旦抱きしめていた腕を開放する。
「さあ、この話はもうおしまいだ。せっかくお前が作ってくれたおいしい料理が冷めてしまうからな。」
 軽く唇をついばむとセフィロスは黒革のロングコートを脱いで普段着に着替えるのであった。


* * *



 ティモシーから北の大空洞までのスケジュールがメールで着た。そのメールを覗いたクラウドは顔を青くしている。
 そんなクラウドの横からセフィロスが携帯を覗きこむと、そこには十社を超える依頼先からのポスターやCM撮影が並んでいた。
「ほぉ…ティモシーの奴。お前の休暇をすべて使う気でいるな。」
「休暇だけで済まないよぉ…、午後勤の勤務前にも入れないとこなせないよ。うう〜〜」
「まったく、これではミッション前に存分にお前を抱けないではないか…文句の一つでも言ってやる。」
「わわわ〜〜〜!!!やめて、やめて!!ティモシーたちにそんな文句言ったら次に会う時にいじめられちゃうよ。」
 あわてて両手をバタバタと降るクラウドが可愛らしくて、鍛えた腕がすっと伸びて抱きしめると、すっぽりと収まってしまうほど華奢な体をしている。こんな華奢な少年が自分のようなソルジャーとしても体格の良い男を守りたいと言ってはばからないのである。どうやっても逆であろうと言ってやりたいが、クラウドの気持ちもうれしく思う。
「私がちょっと力を入れれば折れてしまいそうな体をしているというのに、この体に3度も守られたと思うと、いささか複雑だぞ。」
「一生懸命鍛えているんだけどなぁ?全然身体が大きくならないんだ。身長もあまり伸びていないし…俺、このまま成長が止まっちゃうのかなぁ?」
 首をかしげてぶつぶつ言っているクラウドの髪をくしゃりとなでながら、セフィロスが部屋の片隅に置いてある愛刀を取りに行く。これから出社するのであるが、クラウドは午後勤なので部屋でお見送りであった。
「あ、まって!セフィ。」
 あわてて玄関まで駆けつけると長い髪をひと束つかんで軽くひっぱり背伸びをする。いつもの「いってらっしゃいの合図」であった。軽く唇を合わせた後、クラウドが急につぶやいた。
「ねぇ、セフィロス。俺がクラスSに上がったら…もうこうやってお見送りとかお出迎えができなくなっちゃうよ。」
 こてんと首を傾げて尋ねるクラウドは殺人的に可愛らしい(by英雄視点)そんな可愛らしい愛妻から飛び出した、どうしようもなくかわいらしい問いかけにセフィロスは一瞬答えに戸惑ったが、まろやかな頬にすっと手を伸ばして軽くキスをすると、彼が顔をしかめるような答えを言った。
「それも数年の我慢だな。10年後にはお前も私も第一線を退いているのだからな。」
 思った通り唇を尖らせたクラウドに苦笑しながら、セフィロスは二人が暮らす部屋を後にした。

 セフィロスを見送った後、クラウドは午後勤だというのに出社の支度をして部屋を出て八番街の事務所へと出向く。事務所のそばにバイクを止めて回りを見渡し、誰も注目していないことを確認したが、それでもあちこちぐるぐるとまわってから、事務所の裏口へと入っていく。扉の向こうにはすでにスタッフが待ち構えていた。
「やぁ、おはようクラウド君。ビシバシ働いてもらうからね。」
「今日はポスター取りが2件とCM撮影が一社。モード誌の依頼の撮影が一件ね。」
「4つ?お昼までに終わるかなぁ?」
「それは君次第だね。じゃあ行こうか。」
「え?このままでいくの?」
 白のロングを着たまま撮影に入るのは、やがて来るカミングアウトのための布石であったが、まだ始めたばかりで余りやったことはない。すべての仕事に白のロングで行くことはかつてなかったのである。
「今日の撮影はモード誌以外のものは君を知っている人たちばかりだからね。モード誌の撮影もあの方の長期ミッションのおかげで泣いて顔を腫らして撮影にならないから、何度も身代わりになっているそっくりな代役を立てると打診してあるから大丈夫だよ。」
「もうミッションの布石を張り出しているんだ…ティモシーの仕事も大変なんだね。」
「そう思ったら早くソルジャーをやめてモデルに専念してください。」
 ちらりと銀色のメガネの中から冷たい瞳がクラウドをにらむ。しかしそれはティモシーの心配から来る言葉であると、クラウドはすでに知っていた。自分がけがをしたり長期ミッションに行く時には必ず言われてきた言葉に困ったような顔をした。
 白のロングでモデルの仕事をするときはバイクでの移動を許してもらっているので、愛車を事務所の前に異動させると。スタッフの乗ったワゴンの後ろについて仕事先に走っていくのであった。
 撮影スタジオには何度も顔を合わせているマダムセシルがニコニコ顔で待っていた。
「あら、クラウディア。今日は勇ましい恰好ね、でもあなたにはこっちのドレスのほうがよく似合うわよ。」
 そう言って白いフリルとレースに彩られた可愛らしいドレスを掲げると、クラウドががっくりしたような顔をする。
「マダム…。またそんなフリルたっぷりのドレスを〜〜」
「ティモシーから聞いているわ。しばらくお仕事お休みなんですってね。今日はポスターを三種類おねがいするわ、そのなかの一番大きなイベント用のドレスなのよ。」
「だって、マダム。そのイベントってブライダルイベントなんでしょ?」
「ええ、そうよ。本当ならウェディングドレスを着せたいんだけど、あなたはいつも嫌がるんですもの…あなたに一番似合うドレスだと思うのに、残念だわ。」
 ソルジャーを目指す男だというのにウェディングドレスが似合うと言われたくはないクラウドは、マダムの持っているドレスを思いっきり睨みつけている。しかし、そのドレスはどこからどう見てもちょっと長めのワンピース。ふわふわでガサガサと音がしそうなほどスカートが膨らんでいたり、レースやクリスタルビーズがふんだんにちりばめられているので丈がもう少し長かったら十分にウェディングドレスになるものであった。
「ティモシーとミッシェルに打診して、これなら着てくれるというものを作ったわ。だからね、クラウディア。ミッシェルに存分にかわいがられてね。」
「ええ〜〜〜!!!」
「お任せくださいマダム、こ〜〜んな可愛らしいドレスが似合うのはクラウディアぐらいですわ。」
 クラウドが悲鳴を上げるのと同時にミッシェルががっしりと彼を抱きかかえ、控室へと引きずり込んだ。嫌がるクラウドににっこりと笑うと「このドレスのどこが契約違反のドレスなのか言って御覧なさい。それが通れば着なくてもいいわよ。」と両手に櫛と化粧筆、そして商売道具の化粧品一式を手際よく並べ始めている。そんな彼女の横で必死になって着たくない服の条件を思い出しながら目の前の白いドレスを眺めるが、どこから見ても十分に着なくてもいいという条件を備えてはいない。
「ミッシェル〜〜!!俺にウェディングドレスを着せたいからって、ここまでやることないでしょ?!」
「あら、このドレスのどこがウェディング用なのかしら?」
「ううう………。」
 どう考えてもスタッフとマダムセシルがタッグを組んで考えに考えた末作られたドレスであろう。そうでもなければこれほど条件に当てはまらないけどしっかりとウェディング用に通用しそうなドレスはできない。反論できずにしぶしぶと着替えを始めると満面の笑みでミッシェルがうなづいた。
「そうそう。あなたはあと何年かでモデルに専業するのでしょ?その時はあれもダメ、これもダメなんて言っていてはいけないわよ。」
「大丈夫だよ。俺、その時にはカミングアウトするもん。仕事なんて来なくなるよ。」
「私は…いいえ、私だけではないわ。デヴィッドとMr・グランディエはあなたをずっとモデルとして使いたいと思っているでしょうね。そして貴方でなければ駄目という依頼者だってきっとほかにいると思うの。確かに少なくなるけど、それは本当にあなたを望んでいる人たちなんだから大切にしないとだめよ。」
 女性だと思っていたモデルが男だと分かった後でも仕事を依頼してくる人がいるのであれば、それは本当に自分でなければいけないという仕事なのであろう。マダムセシルの言うとおりそういう人は大切にしないといけないことはわかる。わかるのではあるが…一つだけ問題があった。
「マダム…俺はずっとこのままモデルをやっていないといけないのでしょうか?」
「そうね…私としては貴方のようなモデルを失いたくはないけど…そんなに厭なの?」
「カンパニーをやめた後、何もしないというのはいやなんですけど…いつまでも女装モデルという仕事をやるのはどうかな?とも思うんです。」
「そうね…貴方は立派な戦士ですものね。いつまでもドレスを着たくはないでしょう。けど、私はあなたじゃないといやなの、時間はまだあるからよく考えておいてね。」
 自分が望まれているのはうれしい…しかしモデルの仕事を続けるかどうかまだ迷っているクラウドにとってマダムセシルの言葉は彼の心に複雑な波紋を与えていたのであった。