笑顔で話していたザックスがいきなり真面目な顔をしてクラウドに耳打ちした。
「あ、そうだクラウド。エアリスがミッション前に会えないかって…言ってるんだけど?」
「うん、俺も会いたいけど…あ、そうだ。明後日にもマダムセシルの仕事があるんだ。マダムの店での撮影だからいつものようにお花がいっぱいいると思うから、その配達のついでに会えると思うよ。」
「明後日?巡回の日じゃなかったか?」
ザックスがクラスAのリーダーであるブライアンに尋ねると、彼は苦笑いをしながら首を縦に振った。
「そうなんだが…姫のスケジュールを知って統括が青い顔をして泣きついてきたんだ。」
「あ〜〜〜『あまりのハードスケジュールにクラウドが倒れたらセフィロスに殺される!』ってやつね。」
クラウドのスケジュールを見たことのあるザックスは、あの予定をまともにこなしながら、ソルジャーの仕事をしていたら彼に休暇どころか休んでいる時間などないぐらいに過密スケジュールにびっくりして、セフィロスに尋ねたものである。
「あのおっさんの事だからなぁ、嫁が腕の中にいないと満足しないだろうから、統括ににらみを利かせてんじゃねーの?」 「おっさんって、…あのなぁザックス。お前ぐらいだぞ、天下の英雄を捕まえておっさん呼ばわりは!」
「ん〜〜?でも4つしか違わない割に、結構保守的なところがあると思うぞ。」
「それはあの方が現場でのトップだし、実質的にこのカンパニーの看板のようなものだから、お前みたいにいい加減な奴だったらこんなに慕って「あなたのためなら命捨てます!」って馬鹿ばかりにはならないだろ?」
「う〜〜わ!キツイわぁ。俺もそれ目指してるんですけど!」
瞬間的にクラスA全員から一斉に同じ返事が来た。
『お前じゃカリスマ性が無いから無理!』
「まぁ、それは仕方が無いか。俺も認めざるを得ないからな。」
ザックスがいつものように二カッと笑うと、本日の予定に目を通す。とくに用事が無かったので、リックに声をかけた。
「おう、リック。久しぶりに相手してくれるか?」
「お前の相手?悪くはないが最近のお前の相手は昔と違って全力で行ってもすぐに負けるからなぁ…ゴードン、来るか?」
「お?お前に呼ばれるとは幸せだな。俺もそれなりに力があるってことか。」
ゴードンが立ち上がると剣をロッカーから取り出して腰につける。それを見てクラウドがうらやましそうな声を出した。
「あ〜〜、いいなぁ!!俺も行く!!」
「クラウドは予定があるだろ?クラスSとの会議!!」
「会議よりも剣握ってたほうがいい!!」
「それも言えているな。」
クラスA仲間がそれぞれの剣を持ってばらばらとザックスたちの後を追うと、クラウドもロッカーから自分の剣を持ちだしてついていこうとする。扉を開けて執務室の外に出たとたん、目の前のクラスS執務室の扉が開き、中から統括のランスロットが出てきた。
「おや?クラウド君。君は確かこの後会議室で北の大空洞のミッションの詳細を決める会議があるはずだが?」
「うっ…」
ニコニコと笑う統括と真っ青な顔をするクラウドがあまりにも対照的で、先に武闘場へと歩いていたクラスAが振り返って苦笑している。それを渋い顔で見ながらクラウドがつぶやいた。
「自分も腕を磨きに行きたいです。」
「…と、彼は言っていますが、いかがいたしますか?」
ランスロットの肩越しにセフィロスの顔が見える、その秀いでた顔の眉間にしわがくっきりと刻まれているのを見ると、不機嫌なのがよくわかる。しかし、クラウドには彼が不機嫌なのは事務作業に縛られて、彼自身が剣をふるいたがっているためだと思ったのでセフィロスに問いかけた。
「隊長殿もご一緒しませんか?」
「行きたいのは山々だが…私が行くとこいつらも押し掛けるがそれでもいいのか?」
こいつら…と言ってセフィロスが指示しているのは後ろにい並ぶクラスSソルジャーたちである。どうやら彼らは特務隊の足手まといになりたくないのか剣を握ってうずうずしている。
「考えようですよ、隊長殿。ミッション前に配置がすっきりと決められると思いませんか?」
「なるほど…お前も言うようになったな。それもそうか、特務隊どころかクラスAに勝てないクラスSは言い訳もできずに後ろに下がってもらえるな。よし、クラウド特務隊も全員呼べ。」
「アイ・サー!」
クラウドが携帯でジョニーとカイルに伝言を頼んでいるうちにセフィロスがクラスS執務室に戻り愛刀のマサムネを持ちだしてきた。
「5分で集合かけておきました。」
「そうか、ではいくぞ!」
「はい!」
ゆったりと歩きだしたセフィロスの少し後を、クラウドが嬉しそうにつき従っている。その後ろでクラスSソルジャーたちがこっそりとため息を漏らしていた。
* * *
武闘場で剣を合わせるとあっさりと配置が決まってしまった。その事実に見守っていたランスロットが苦笑いをする。
「これでは会議をする意味が無いですな。」
「ああ、だが誰からも文句も出まい。」
「ええ、しかし強くなりましたね、クラウド君は。」
初めて会った時は少女とも思えるほどの華奢で愛らしい少年であったが、その顔立ち故に一般兵や同僚たちから女扱いされては腕にものを言わせて黙らせていた問題児であった。新兵でも実力第一主義であるセフィロス直属の隊に配置されるほどの力をあっという間に開花して一気にソルジャーへの階段を駆け上って行った少年が、結局カンパニーの方針転換でソルジャーにはなれずに、いずれ来る遠くない将来には治安部から去ることを既に決心している。
「キング、貴方と出会っていなければ…彼はソルジャーになって治安維持部にい続けてくれたでしょうか?」
遠くを見るようなランスロットの瞳はクラウドへの思いやりなのか優しげであった。しかしセフィロスはきっぱりと言い切った。
「私がカンパニーにいる限りクラウドとは何時か出会っていたであろうな。人の出会いというものはそういうものだ。」
見えない何かが引き合わせたとは言わないのがセフィロスらしいが、その言いぶりはまるで出会うべくして出会ったとでも言いたいようであった。その言葉の意味に気がついたのかランスロットが意味深に笑った。
「ならば、この先彼に笑顔を絶やさないような人生を歩ませてあげてください。」
「もとよりそのつもりだ。」
まっすぐ前だけを見て毅然として言い切ったセフィロスに、ランスロットは緩やかにほほ笑んでいた。
円卓会議で正式にミッションの配置を通達し、あとは出発までの体調の調整へと入っていたが、クラウドは副業のモデルの仕事を片付けるためカンパニーへの出社を休みがちになっていた。
そんなある日、8番街のマダムセシルの店に入るとスタッフとエアリスが待ち構えていた。
「はぁ〜い!クラウド君。やっと会えた、ね。」
「ごめん、エアリス。ちょっと忙しくてなかなか会えなくって…」
「いいの、無理言ってここに入れてもらえただけでもうれしい。」
花束を抱えてにっこり笑う美少女は自分よりはるかにモデルに向いていると思う、そう思うのに目の前の有名ドレスデザイナーは不思議と男の自分を起用する。
「マダム、目の前にこんなに花束の似合う女の子がいるのにどうして俺なんですか?」
クラウドが不満そうな顔をしながら尋ねると、マダムセシルはにっこりと笑って即答した。
「だって…あなたがクラウディアだから。いないのよねぇ、きれいな金髪と碧眼で色白の可愛らしい子って。確かにエアリスちゃんはモデルにしてもおかしくないぐらい可愛らしい子だけど、ミッドガルではあまり目は引かないの。ダークブラウンの髪の毛も翡翠の瞳もよくある色なのよ。」
「そうだよ、クラウド君。ポスターは目を引いてこそだろ?いくら彼女が美人でもマダムが言うとおり目は引かないんだよ。」
カメラマンであるグラッグがうなずくと隣でミッシェルもうなずいている。
「そうね、できれば君がもう少し髪を伸ばして軽くパーマをかけてくれると嬉しいんだけどなぁ。髪も結いやすくなるしヘアスタイルのバリエーションも増えるのよ。それに、気にしている変な癖髪もなくなるし、髪質も柔らかくなると思うわよ。」 「で…でも…。」
「だぁ〜〜い好きな誰かさんに、さらりとなでられて『綺麗で柔らかな髪だな…』な〜〜んて言われたくないの?!」
「………今でも言ってくれるもん。」
真っ赤になって上目づかいでつぶやくクラウドは誰が見ても可愛らしい。どこからどう見ても戦士には見えない少年をさっと捕まえて美少女へと変えるためにVIPルームにミッシェルが連れ込んだ。
しばらくして再び姿を現したクラウドはふわりとしたシフォンドレスを身にまとい薄く化粧を施されていた。髪にちりばめられた小さな白い花がドレスのふんわりとしたイメージによく似合っている。エアリスがニコニコ顔で持っていた花束を手渡した。
「うん、やっぱりマダムのドレスが一番似合うのは貴方よ、ね。」
渡された花束を持って店のほぼ真ん中、床に赤いテープが張ってあるポイントに立つと、くるりと振り返ってこちらを見た。まだ不服そうな顔をしてはいたが、しばらくうつむいていた瞳が正面を見ると、緩やかな笑みを浮かべる。
店の正面から差し込む日差しのおかげでやや逆光気味であったが、その姿は天使が降臨したような姿だった。
「うん、いいわね。この姿を見たらきっとサーも惚れ直しちゃうわよ。」
「あらマダム、何をいまさら…あの方はすでにベタ惚れなんですからこれ以上惚れるなんてできないでしょ?」
「そういえばそうね。」
ミッシェルとマダムの何げない会話にクラウドの頬が自然と赤くなる。照れて上目遣いになる視線をグラッグがすかさずとらえていた。
「でも…いいなぁ。クラウド君はこれからもずっとセフィロスと一緒にいられるんだもん。危険かもしれないけど…はらはらして待っているよりも、そばで危険が無いように守りたい気持ち…今ならよくわかるな。」
エアリスが少し悲しげな瞳をしている。それは間もなく危険な場所へと行かなくてはいけない自分の大切な人の事を思っているからであろう。
「大丈夫だよ、エアリス。ザックスは強いから無事に戻ってくるよ。俺もセフィロスもいるし…頼もしい仲間もたくさんいるんだ。そんなに心配しないでいいから、ね。」
「でも…あの人無茶しそうだもん。部下とかクラウド君のために…身代わりになりそうな人だもん…」
「そういう優しい人だから…エアリスは好きになったんだろう?優しい人ってね、本当に強いんだよ。ザックスも、セフィロスも…リックも…俺の周りの人、皆優しいし、頼れる人たちばかりだから俺も大好きなんだ。だから守りたい。」
「無茶しない?」
「うん、しない。約束するよ、皆で無事に帰ってくる。必ずモンスターにおびえないで世界中を旅できるようにするから…エアリスの新婚旅行は世界一周だね!」
「え?急に何よ。そ、そんなこと考えたこともなかったわ。まだ結婚の約束だけだし…いつ…なんて言ってくれないもん。」
そういいながらも頬を赤らめるエアリスは少し照れているのがよくわかる。その隣でミッシェルがうらやましそうな顔をしていた。
「おや?ミッシェル。珍しいね、何時もなら君は『彼氏いない歴イコール年齢の私の前でそういうことを言わないの!』とか言いそうなんだけどなぁ?」
珍しくティモシーに突っ込まれてミッシェルがびっくりするが、流石にさらりと受け流す。
「ん?うらやましいなぁって思っていたの。だ〜〜って!いくら可愛いからって私よりも年下の子がコイバナよ!私、完璧乗り遅れているわ!」
ぐっと両手を握ってお茶目な顔をしている女性だが、どこか無理しているような気がしてならなかったのはクラウドだけではなかったようであった。
「ミッシェル、あなたなにか我慢していることがあるの?」
さりげなく言ったマダムセシルの一言に、ミッシェルが目を大きくするのであった。
|