マダムセシルの何げない一言に一瞬ミッシェルがびっくりしたような顔をしたが、すぐに首を横に振っていつもの笑顔を取り戻していた。
「心配といえば心配だけど、行かないでって言っても行っちゃう子だから止められないのは知っているし…もう、どうしてうちのモデルは自ら危険と分かっていても飛び込んで行っちゃうんでしょうね?待ってる身にもなってほしいものだわ。」
「だって…それが仕事なんだもん…それに待っているなんて俺…耐えられないよ。現実に目の前でモンスターの触手に貫かれそうになったり、一気に襲われてあちこち出血していたりするのを見ているから…そんな事実を知ってしまった以上一緒にいて戦いたいって気持ちのほうが強いんだ。」
 ニコリと笑いながらミッシェルに話すクラウドはすでに戦士の顔をしていた。


* * *



 駐機場にたくさんの飛空挺が翼を休めている。その前でたくさんの男たちが整列していた。
 黒のロングコートに身を包んだセフィロスがゆったりと姿を現し、その後ろから白のロングコートをまとったクラウドが現れると、その場にいた男たちの顔が引き締まった。
 間もなく、セフィロスが男たちの前に立ち周りを見渡すとその場にいる全員に聞こえるような声で言い放った。
「ただいまよりミッションナンバー90273358、ミッションランクS北の大空洞討伐ミッションに入る。総員飛空挺に搭乗せよ!」
 その場にいる全員が敬礼をし、セフィロスとクラウドが返礼をすると全員がてきぱきと飛空挺に乗り込んでいった。
 全員が乗り込み終わると、少し離れてみていた男たちが整列して敬礼する前を悠然と横切って飛空挺は空へと飛び立っていった。
 敬礼をしながら見送った男たちの中に統括のランスロットと射撃部隊のためにミッションに行けなかったトリスタンがいた。
「行ってしまわれましたね。」
「ああ…行ってしまわれた。だがあの方の事です、きっと無事に帰ってきてくださると思う。」
「ええ…そうですね。全員無事で帰ってくるのを祈るだけというのは…結構つらいものなんだな。」
「今更俺のつらさがわかったか?」
「ああ、よく胃に穴があかないと思うぜ、さすが元ソルジャーだ。」
 同じ気持ちを持つ戦友がそばにいる。それだけであったが、ランスロットの心の中はいつもより複雑なものはなかった。

 一方、北の大空洞に20時間かかって到着したセフィロス率いる討伐隊は、すでにバックパックを背負って班別の行動を起こし始めていた。
 じゃんけんに負けて後発隊に入ったクラウドが指揮するのはゴードンとランディ率いる第21師団の半数であった。
「お?姫、お前先発隊じゃないのか?」
「リックとザックスにじゃんけんで負けたんだ。」
「おまえらじゃんけんで先発きめたのかよ?」
「うん、俺達3人ならどこに行っても一緒だろ?だから文句なく決めるためにじゃんけん。ちなみに副官もじゃんけんできめたらしい、なぁエリック。」
「俺はじゃんけんに勝って姫の副官を選んだんだ!」
「う〜〜わぁ!なんて特務隊らしい決め方!!」
「ともかく、第2陣が出発して30分たったら後を追う。今のうちに装備の確認しておくように通達してくれる?」
「姫がこの班の班長だろ?お前が指示するの!」
「仕方が無いなぁ…」
 ズラリと並んでいる第21師団の半数の前に特務隊の隊員が7人並んでいる。見知った顔が真面目に整列しているのを見ると、この連中がゴードンやランディの指令を聞くとも思えないので自分が指示を出すしかないのもわかる。
 クラウドがその場にいる隊員たちを見渡して言い放った。
「ただいまより先発隊、そして先発隊に引き続き第二隊が出発する。われわれ後発隊は足場をきっちりと確保しながら通路を作ることになっている。出発はおよそ1時間後、各員それまでに装備、および必要なものを確認しておくこと、以上!」
 クラウドが言い終わると同時にその場にいる全員が敬礼をする、返礼をするとすべての隊員たちがそれぞれの場所へとかけ去って行った。
 ゴードンとランディ、そして特務隊の仲間と打ち合わせをしているクラウドの視野の端っこを、見覚えのある兵士が横切った。訓練所仲間のアンディとルイスだった。
 ちらりと視線を送ると、こちらに気づくことなく自分の任務をこなしている昔仲間に、緩やかな笑顔を浮かべていると、ランディが気がついた。
「ん?うちの一般兵がどうかしたのか?」
「あ、うん。アンディとルイスは訓練所時代の同僚なんだ。久しぶりに同じテントに入りたいなぁ。」
「駄目!姫はこの班の班長なんだろ?いくら同僚だったからといえ軍曹と同じテントで寝かすわけにはいかないよ。だいたい、そんなことしたって聞いたら、リックが乗り込んできてあいつらを包帯だらけにするんじゃないのか?」
「ぶう!じゃあ食事の時ぐらいそばに行って話してもいいだろ?」
「却下!クラスAの食事と軍曹の食事とは内容が違うんだ。お前の事だからその食事を分け与えようとするだろ?そんなことしてみろ、他の連中から袋叩きだ。食事の恨みは怖いんだぞ。」
「え?特務隊は皆同じ食事だよ?」
「それは特務隊だからだ。あそこは一般兵でもトップクラス、下手すればソルジャーとして扱える男たちばかりの集まりだからな。ミッションの時もソルジャーとして扱っているんだ。」
「うう〜〜〜…。いいもん!じゃあ移動の時に一緒にいるんだもん。」
「まあ、それなら駄目とは言えないな。上官が下級兵を守るのは当然の行為だ、せいぜい守ってやるんだな。しかし…そうか。お前あいつと同期だったか。」
 ランディが呆れたような顔をするが仕方が無い、クラウドが一足飛びにクラスAまで駆け上がってきた証拠なのである。クラウドがにっこりと笑って走って同僚だった少年たちのところへと行くのを見送ると、隣で同じくあきれ顔で居るゴードンに話しかけた。
「姫はずっと特務隊だから経験はないのかな?同期の連中と仲良くしたい気持ちはわかるけど、相手の態度が違いすぎて、自分が上官であるということをいやというほど味わうんだよな。」
「多分な…特務隊はほとんどが単独で最前線だ。俺たちみたいな後方での作業担当になることなどないからな。ランディ、姫がいきなり抜けてもいいように覚悟だけはしておけよ。」
「ああ、わかってる。あいつは最前線で戦う男だ、何かあったら真っ先に飛んでいくだろうから…いついなくなってもいいようにしないとな。っていうか…抜けてくれたほうが嬉しいって思うのは俺とおまえだけか?」
「そりゃ…隊長殿や部下たちは姫がいたから目が輝いちゃってたからなぁ。変な心配しているのは俺たちだけだろ?」
 二人のクラスAソルジャーのつぶやきを聞いていたのか、エリックが作業しながら苦笑を洩らしていた。

 訓練生時代の仲間の元に駆け寄ったクラウドを待っていたのは、堅苦しい敬礼と、聞きなれない敬語だった。
「アンディ、ルイス!久しぶり!」
「あ、ストライフ少尉。お元気でしたでしょうか?」
「や、やだなぁ…同じ寮に住んでいた仲間じゃないか。」
「し、しかし…」
 二人の元同僚が口ごもっていると、その上官らしいい下級ソルジャーがあわてて飛んできた。
「サー・クラウド。いかがいたされましたか?うちの一般兵が何か不手際でも?」
「あ…いや違うんだ。彼らは訓練所仲間で同僚だったんだ。久しぶりに会ったから声をかけたんですが…」
「え?サーがこんなペーペーと同僚?!本当ですか?」
「俺、まだ17なんだけど。」
「し、失礼いたしました!」
 あわてて敬礼する下級ソルジャーはクラウドが不満げな顔をしていてもその場を離れてはくれない。仕方なく元の同僚に話しかけた。
「ウェンリーからその後なにか連絡あった?」
「あ、はい。カームの実家に帰って家の商売の手伝いを始めたと…先日メールが来ていました。」
「いいなぁ〜〜、俺のところにはくれないんだ。」
「それは少尉殿にメールを入れても検閲が入るからではないでしょうか?」
 仲間だと思っていた同僚に敬語を使われてクラウドの機嫌が急降下している。
「むう〜〜〜〜!!アンディ!命令だ、敬語を使うな!」
「む、無茶な命令をしないでください。自分の上官も、さらにその上官も…部隊長ですら少尉殿に憧れているのです。そんな憧れの人とタメグチで話せるわけないです!」
 少し離れたところで話を聞いていたランディがゲラゲラと腹を抱えて笑っている。そんな仲間を睨みつけるとクラウドがぶすくれて言った。
「ランディ、お前の所って変!なんで俺みたいな「なんちゃってソルジャー」に皆で憧れてるんだよ!っていうか、知ってたら止めろ!!」
「くっはははははっ!お前がキングに憧れるのと一緒なんだぜ、止められるわけねーよ!なぁアンディ。」
「はい、自分も同僚だったと言うだけで羨望のまなざしで見られるんです。訓練生時代のサーはどんなふうだった?とか根掘り葉掘り聞かれて…下手に答えられないんですよ。」
「答えなくてもいい!!もう、なんで入隊してまだ2年目のペーペーにそんなに憧れるんだよ。おかしいよ!」
 真っ赤な顔で抗議するクラウドがあまりにも可愛らしくて特務隊の部下たちもにやにやと笑っている。しかしその時時計のアラームが鳴り響いた。
「時間だ、整列しだい行くぞ!」
 いきなり司令官モードに切り替えたクラウドにランディとアンディがいささかあきれたような顔をして敬礼した。
「あの切り替えの速さ…さっきまで普通の少年兵の顔をしていたが、いきなり一人前のソルジャーの顔をしているよ。呆れた男だなぁ。」
「クラウド少尉はあの容姿で常に可愛い子ちゃん扱いされて、それが悔しいのかいつも訓練所に通いつめて訓練していました。あまりにも根を詰めるので教官たちが止めるほどだったのです。そのため遊ぶ時間がほとんどなくて友達も少なく自ら周りに見えない壁を作っていたような感じでしたが…ずいぶん変わられました。クラスAソルジャーの皆さんがああまで友達思いにしたのですか?」
「いーや、俺たちじゃねえよ。あいつはクラスAに入ってきた時からああだった。偶然知っているだけなんだが…あれはリックたちに可愛がられまくってああなったんだ。感謝するならリックたちに感謝するんだな。」
「特務隊は自分の身を守るだけで他の隊員の事をかばう隊ではないと聞いていましたが…それは違っていたのですか?」
「間違っちゃいないよ、姫が入るまではそうだったんだ。姫が特務隊の雰囲気を変えて…その特務隊の雰囲気が姫を変えたんだ。」
 やさしげな瞳で同僚を見る上官にアンディはうらやましげな瞳をしていた。