リックとセフィロスの会話を聞きながら、クラウドは胸に何だかもやもやしたものを感じていたようであった。しかし一緒にた男たちは不意に沈黙したクラウドをそうとわかっていてあえて話しかけることはしなかった。
「どうした?リック、いつもなら即座に声をかけているであろう?」
 小声でつぶやいたセフィロスに、にやりと意地の悪い笑みを浮かべたリックが答えた。
「いい加減姫自身が片付ける問題ですからね。いつまでも可愛がっているわけではありませんよ。」
「そうだな…。まったく、何時までもずるずると堂々めぐりするタイプなのだな。」
「自分に自信が無いだけだとは思いますけどね。姫の年齢では経験が少ないので、ある意味仕方が無いのかもしれません。」
 ひそひそと話しているセフィロスとリックをよそにクラウドはずっと落ち込んでいたら、いきなり書類に没頭していたザックスが顔をあげた。
「ん〜。結局いつもの連中しかいないんだけど…追加や変更なしでいいか?」
 かなりしっかりとデータを読み込んだようだ。おふざけ大好き人間が砕けた会話にも入らずに熱中していたことに気が付くと、セフィロスとリックが同じようににやりと笑い、クラウドは思わず目を丸くしてしまった。
「ああ…特務隊に加えたいと思うような奴はすでに加わっている。」
「そうだね。特に人数を増やすとか変えることはないと思うよ。」
「いっぱしの副官らしい顔になってきたな。俺がいじめられないじゃないか。」
 3人三様の誉め方ではあるが、ザックスの出した答えを認めたことにより、特務隊の編成は変更なしと言う事で落ち着いた。それはほかの隊の隊長たちにとっても予測できたことであり、腕の立つ戦士を第一線に配備すると言う暗黙の了解がなされていたため、特に問題になることもなかったのであった。

 下級兵士の各部隊への配属はその翌日に通達された
 人数調整もあったためか流石に一般兵にもなると大きく配属先が変わっていたようである。通達後しばらく隊ごとに分かれて合同訓練をしながら各連隊長たちはそれぞれの隊をまとめ上げていた。
 しかし改革以前とまったく入れ替えのない特務隊は、相変わらずそれぞれが決めたメニューをこなしていた。クラウドはクラスAにいる時間よりもクラスSにいる時間の方が長くなってきていた。それに伴い、ペアを組んでいるエドワードが同じようにクラスS見習いとなった。ほぼ同時にブライアンとザックスもクラスS見習いとして会議などに顔を出すようになった。
「何故俺までクラスS見習いなんだ?」
 首をかしげているのはザックスではなく、ブライアンである。そんな仲間をパーシーとキースが揶揄した。
「ブライアン、ペアの相手が首をかしげてないってのに何でお前が首をかしげるんだよ。」
「ザックスはあれでもクラスAのソルジャー部門でトップだろ?それに特務隊の副隊長だ。クラスSに顔を出すのは当たり前だろ?」
「各連隊長たちがクラスSで占められている中、姫とお前が連隊長として名前を連ねてるってのは…理由にはならないのか?」
「ブライアン、お前は魔法部隊の副隊長を張って4年目なんだろ?キングもナイツ・オブ・ラウンド達もそれを認めたんだ。理由なんてそれで十分じゃないか。それに比べて俺は何だよ…。」
 ブライアンを言いくるめようとしたエドワードが逆にどんよりとした雲を背負い始めた。
「何を言うか、姫のおかげでキングに魔防を徹底的に鍛えられたくせに…。ある意味うらやましいぞ。」
「…なら俺の代わりにキングのブリザガで凍らされるか?生きた心地がしないぜ。」
「いい、遠慮しておく。」
 真顔で返事をするブライアンにクラスAソルジャーたちからどっと笑いが起こる。明るい笑いを背にしながらもクラウドの表情は今一晴れなかった。そんな様子にクラスAソルジャーたちも気が付いていたが、何と声をかけるべきか迷っていたのであった。
「まあ、わからないでもないんだが…な。」
「もっとも…俺たちが話していても解決はしないな。あいつ自身が乗り越えることだ。」
「そうだな、キングもそれを望まれているように感じる。」
「て、いうか…俺たちこんなに他人のことを熱心に心配することなかったよな?」
「いい変化なのかな?」
「そうありたいね。」
 声をひそめてクラスAソルジャーたちが会話していた時、誰かの携帯から気の抜けた着信音が流れてきた。
「こ、こんな曲を着メロにしてるのは誰だよ?7番街フードコートの時報ソングじゃないかよ!」
「姫!おまえだろ?!あのアバランチ上がりのマスターの店が確か7番街だ。」
「あ…バレた?やっぱりまずかったか…もう少しいい着メロ探そう。」
 そういいつつ携帯を耳に当てると、クラウドに聞こえてきたのはやはりセブンス・ヘヴンのマスターであるバレットのしゃがれ声だった。
「おう、地獄の天使さんよぉ。ゴンガガなまりのソルジャーに合いたいって奴が店に来てるんだ。久しぶりに昼飯食いにこいや。」
「ザックスにあいたいって人?美人さんなら歓迎すると思うんだけどなぁ。」
「ガハハハハ!言っておけ、残念だが汗臭い男だ。」
「コレルからのお客さんか?わかった、部下2,3人連れて行くよ。」
 クラウドが携帯をたたむと同時にザックスがしたり顔でうなずく、その隣でリックが腹心の部下に電話を入れていた。
「カイルか、今日の昼飯は姫につきあって7番街だぞ。ん?ああ、そうだ。移動手段?そうだな、俺の運転するバイクのケツ乗り。」
「え?リック、バイクなんて持ってるの?」
 クラウドが青い瞳をくりっとさせて尋ねると、肩をすくめてリックが答えた。
「おまえなぁ…、あの方がお前の背中に誰か乗せると思ってるのか?お前はザックスの後ろに乗れ、お前のバイクを俺が転がす。」
 リックの言葉を聞いてクラスA仲間が全員うなずいた。
「流石リック、平和的解決手段だ。」
「姫がザックスに抱きつくなら、半殺しの目にあうのはザックスだけで済む。」
「俺?セフィロスとタイマン張れるなら喜んでクラウドに抱きついてやるぜw」
「おーお、言うようになったな。おふざけ大好きだったザックスが、マジで本気になってるぜ。」
 あきれるクラスAソルジャーをしり目に、ザックスは全く表情を変えない。いつものように明るい瞳が緩やかにクラウドに向けられている。
「まぁ、言いたい奴には言わせておけばいいさ。お前とセフィロスが第一線を退くまで、俺は俺のやり方で前に進むしかないんだからな。」
「ザックス…男前〜!」
 クラウドの黄色い声に満足するかのようにうなずくと、ザックスは机に座って特務隊から上がってきた報告書を読み始めたのであった。
「まったく、どうしてこの姿が早く発揮されなかったのかね?特務隊での実績とこの姿があればあっという間にザックスならクラスSに入れただろうに。」
「リック、お前やたら会議だの戦略だのと理屈をこねるクラスSに、俺が入ってうまくいくと思ってんのか?だいたい、セフィロスの右腕という美味しい役回りを誰が譲るか!」
「あとから入ってきた可愛い弟分にあっさりと追い出されておいて…よく言うぜ。」
「いくら気を抜いてたからって1Stソルジャーをノックダウンさせる訓練生が早々いるかよ。こいつが強すぎたの!」
 ザックスの言葉にクラウドが目を丸くして振りかえると、その場にいたクラスA仲間たちがびっくりして聞いてきた。
「姫、おまえ訓練生の時にすでにザックスをのしたことがあるのか?」
「え?ええ。卒業間近でしたけど…いきなり馴れ馴れしく肩を抱かれたり、頭をなでるからむかっと来て…ついやっちゃいました。」
 恥ずかしそうに告げるクラウドの言葉に、思わずランディが突っ込みを入れた。
「ザックス…お前それでも1stソルジャーのトップだったのか?!」
「それから半年もしないでのされたクラスAソルジャーのランディに言われたかねえよ。」
「っていうか…俺がのされて2カ月もたたずに、姫はクラスA全員を剣技だけでごぼう抜きしたんだが、な。」
「当然だ。俺とカイルとジョニーが教えたんだからな。」
 リックがクラスAソルジャーたちを目の前に威張るように胸をそらすと、その場にいる全員が苦笑いをした。

 やがて時計の針が正午を差すと執務室にいる仲間はそれぞれ昼ご飯を食べに部屋を出ていく。
「おう、リック、クラウド。7番街に行くぞ。」
「ああ、そうだったな。」
「あ、うん。」
 そういいながら3人でクラスA執務室を出ていこうとすると、目の前の扉が開き黒のスーツをびしっと着こなしたセフィロスがクラスS三銃士を従えてクラスS執務室から出てきた。
「お?セフィロス。いまからお出かけ?」
「うるさい連中と会議がてらの食事だ、お前らも付き合うか?」
「いえ、遠慮させていただきます。」
 声をかけたとたんの返事にザックスは思わずクラウドの後ろに隠れるように逃げる。そんな兄貴分に思わず笑みを浮かべながらクラウドが上官に対する礼を取った。
「お仕事ご苦労様です。自分たちは難しいことを考えないで済むランチを食べに行きます。」
 クラウドの答えににやりと笑いながらセフィロスが踵を返すように廊下をつかつかと歩いていくのを見送ると、あわてて3人のクラスSソルジャーたちが追いかける。その姿を見ながらクラウド達はバイクを置いてある駐輪場へと歩いていくのであった。
 一方、クラスS三銃士を引き連れて歩くセフィロスの醸し出す雰囲気は最悪だった。愛しい少年と一緒に食事をとることもままならない上に、ついでに会議をせねばいけないのである。しかし私情を表に出すにはセフィロスは重要な地位にいすぎたのである。トップソルジャーで全軍を把握する男。全軍の憧れであり、有無を言わせぬカリスマ性を持つ。それだけに自身の行いは常に注目されていると思わねばならないのである。
「キング…さほど荒れなくとも…。」
 すべてを知っているとは言え、自分の部下でもある男たちから言われた言葉にむっとした表情をする。そんな憧れのソルジャーを見てパーシヴァルがくすりと笑う。
「わかっています。しかしキング。それほど後悔されるのであれば何故クラスS所属にされなかったのですか?」
 パーシヴァルの質問を聞いているのか聞いていないのかわからないが、表情を変えずに歩いているセフィロスを見ると、自分たちはまだ”親友”というポジションではないと思い知らされているようである。
 しかしセフィロスはふと立ち止まって、ぽつりとつぶやいた。
「パーシヴァル、クラスSソルジャーになると言う事はどういう事だと思うか?」
「え?ああ、大隊を指揮する立場になると言う事です。」
「それは表向きな意味であろう?クラスSソルジャーというものは皆が憧れる立場である。ゆえにその地位にふさわしい力と技だけでは務まらぬと思うのだ。」
「心技体が一体になった時に…ということですか?」
「ああ。クラスSソルジャーは誰一人とて、自分がその地位にいてもよいものかと悩むような輩はおらぬ。逆に言えば自信のない男に務まる地位でもなかろう。」
「そう言われてみれば、そうですね。」
「あいつに足りないのはその自信だ。胸を張ってクラスSに上がってこられる男でなければ編入させる気はない。問題はその自信をどうやって付けてやるか…という事なのだ。これは簡単に行くことではない。」
 セフィロスのつぶやきにも似た言葉をパーシヴァルは重たく受け止めていた。