仕事を終えてからクラウドはマダムセシルの店に直行した。
フォーマルスーツを仕立ててもらうのなら、セフィロスとおそろいの店がいいと思っていたことと、マダムセシルなら何も聞かずに自分の思うようなスーツを仕立ててくれると思っていたからであった。
マダムがいることを確認してから、8番街のほぼ中央にある白いビルの正面にバイクを止めて店に入っていくと、見慣れたドレスを着たマネキン人形の向こう側に穏やかに微笑む婦人が立っていた。
「ようこそ、クラウド君。ちょうどいいときに来てくれたわ。」
「あ、マダム。今日は私用なのですけど…。」
「黒のスーツでしょ?あの方が先週注文されていたのよ。あなたの体型のデータは存じていますけど、やはり一度は身にまとっていただかないと完成できないの。」
「え?マ、マダム!それ、本当ですか?!」
「ええ、私の店にある一番いい布地で作るようにといわれていますわ。もちろんタイピンやカフスもセットでそろえてありますわよ。」
「マダムの店に頼んで一ヶ月で間に合うか心配だったけど…よかった。」
「でも、ふるさとに戻るためのスーツは間に合わないわ。あと2週間でしょ?どうするの?」
「そっちは既製品で間に合わせますよ。大体マダムの店だけでスーツ仕立てたらきっと嘆く人がいるとおもうから。」
「そう、デビッドの店で作るの?それなら私もやきもち焼かないし、あなたに変な既製品を着せる心配をしなくてもいいわ。」
穏やかに微笑みながらもしっかりとクラウドを仮縫いの部屋に案内し、マダムセシルは話を続けていた。
「男の子であるあなたが服を作るのに、まさか既製服に嫉妬するとは自分でも思わなかったわ。あなたの着るものはすべて作りたいって思ってしまったのかしら?」
そんなつぶやきに思わず笑いながら扉を開けると、黒いスーツが目に飛び込んできた
「なんだか新鮮ですね。この部屋にくるといつもドレスが飾ってあって、それを着るかと思うといやになるというのに。」
「あら、いつもそんなこと思っていたの?ふふふっ…しかたないわね、あなたはソルジャーなんですものね。」
自ら黒のスーツを手にとって試着室へと入るクラウドを見て、思わずマダムがクスリと笑う。いつものドレスならあれほど嫌がっていつまでもにらみつけては、スタイリストのミッシェルや、マネージャーのティモシーに「早くしなさい。」と言われて仕方なく着替えている姿とは大違いである。しかも着替えて出てきた表情すら違う。いつもは少しふてくされたような顔をしているのであるが、今日は目を輝かせている。
「えへ…似合いますか?」
「いつもその顔で私の服を着ていただきたいものね。」
そういいながらクラウドの周りをぐるりと回りスーツのあちこちをつまんだり引っ張ったりしている。
「はい、ありがとうございます。このままでよさそうね、本縫いが出来たらまたメールするわ。」
「よろしくお願いします。」
クラウドは一礼して仮縫いの部屋を後にした。そして店を出ると再びバイクにまたがり、今度はデビッドの店に向かった。
8番街の中心から少し外れたところにあるデビッドの店「ダイアナ」は若者向けのカジュアルな衣料品店であった。しかし人気モデル、クラウディアの御用達として知られてからは、アクセサリーを含むトータルコーディネイトが出来る店へと変わっていったのであった。
もともと若者向けのデザインの店である「ダイアナ」とめぐり合って以来、クラウドもよく私服を買っていたのであった。
入り口を開けると、ジャケットの並ぶコーナーへと足を進める。濃紺のジャケットを見つけてサイズを確認していると、人影か近寄ってきた。
「お客様、そちらのコーナーは身幅のあるサイズのものです。お客様でしたらあちらのコーナーのサイズがよろしいと思いますよ。」
声に振り返るとこの店のオーナーであるデビッドがにこやかに立っていた。クラウドが目礼をすると小声で問いかけてきた。
「マダムから連絡もらったよ、仕事でもプライベートでもスーツが必要になってきたんだって。?」
「ええ、ふるさとに帰るのにも社の代表として行動してほしいらしくて…でも自分がスーツ着たら幼馴染に似合わないと笑われそうですよ。」
苦笑いをするクラウドを細身のジャケットのあるコーナーに導きながらデビッドが問いかける。
「君にはあまり黒っぽいものを着せたくないと思うのは…別のほうの影響なのかな?いっそ白いスーツというのも考えてみないかい?」
「日ごろの制服が白革のコートだから違和感ないだろうけど、社長が白いスーツを着ているからかぶりたくないなぁ。でもピンクはいやですからね、一番着たくない色です。」
「それは残念だ。でもデザイナーとして君には濃紺やダークグレーなんて無難すぎる色を着せたくないんだよ。」
そういってデビッドがクラウドに進めたのはグレンチェックのスーツだった。
「腰のところが少し絞ってあるから君の体がすっきりと見えるはずだよ。」
クラウドが試着してみると確かに腰のラインが細く感じ、上半身がたくましく思える。
「いいですね、これ。」
「そりゃ…君をイメージモデルにして出来たスーツデザインの一般向け既製品だからね。でも個人的には君には既製品ではなく、オリジナルで作ってあげたいよ。」
「言われると思っていました、マダムなんて自分が着る服すべてデザインしたいと…。自分はモデルでもなんでもなくただの一兵士なんですけどね。」
「スタイルがいい、顔もいい、腕も立つクラスAソルジャーがただの一兵士だなんていってほしくないな。」
デビッドの声が聞こえたのか、近くにいた客が顔をあげてクラウドを見つめ、あっけにとられたような顔をしていた。どこからみてもまだ少年の域を超えていない顔立ちに、ちょっと大きめな蒼い瞳。ソルジャーというよりもそれこそモデルといわれたほうがぴったりする。そんな青年と店のオーナーの談笑をちらりと盗み見てはこそこそと視線を手元の服に戻している。しかしそんな姿などクラウドは見慣れている、別段気にすることも無く、必要なものをそろえようと首をめぐらせた。
「ニブルは寒いのでカジュアルにも使えるコートもあればほしいですね、出来ればダウンがいいけど…」
「ダウンコートは会社の式典とか、正式なパーティーには向きませんが、同窓会のようなものならいいと思いますよ。ところで靴はお持ちですか?」
「え?あ!スニーカーじゃダメですよね…革靴でも歩きやすそうなものがいいけど。」
「フォーマルからビジネスまで使えるものは、君がいつもはいているものとは大違いかな。スーツはそれがいいとして、ネクタイやその他のアクセサリーとかはどうするんだい?」
「ネクタイは決まっているんだけど…ミッシェルに相談しようかな。」
聞きなれた女性の名前が出てきて思わずデビットが噴出しそうになった。
「間に合うならそのほうがいいね。ネクタイの色は?」
「シルバーグレイでワンポイントの刺繍があるタイプ。」
その配色を思い浮かべながらデビッドがタイピンとカフスのセットを探し始めた。
「ああ、そういえばいい色合いのものがあるよ。」
そういいながら探し出した箱の中には、翡翠にシルバーの枠がはめられていた。
「マダムが用意しそうなのはサファイアがゴールドの枠にはまっているものだろうからね。」
その色合いが自分の持つ色である上に、何かあるとセフィロスが自分に贈るものの色であるが故、クラウドもデビッドの意見を否定できなかった。
そしてグレンチェックのスーツを上着だけでも着られるように、ボトムで濃紺のスラックスを買い、その組み合わせに合うようにシャツを2枚と、薄手の黒のセーターを買う。そのコーディネートを横から見ていてデビッドもうなずいた。
「ネクタイなしでもありでもいける無難な組み合わせだね。」
「汎用性があるほうがいいでしょ?」
そういってレジに持っていき、カードで購入する。後はサイズの微調整をすれば出来上がりである。持っていく服の準備も出来たので7番街にあるティファがバイトをしているカフェレストラン、セヴンス・ヘヴンへとクラウドは足を向けた。
セヴンス・ヘヴンではいつものように店主のバレッドが豪快にフライパンを振り回しながら隣にいるルードをあごで使っていた。
「おい、ルード。そこのトマトソースとってくれ。お?なんでぃ地獄の天使じゃねえか、ティファちゃんならもうすぐ帰ってくるからそこで飯でも食ってろ。」
「あれ?ルードさん、いつの間にこの店の店員に転職したの?」
「い、いや…俺は…。」
「こいつならいつでも店に引っこ抜きたいんだがな、ルーファウスの坊やが離さないんだろ?マジで支店出す話があがってるんだが、そこの店長にしたいぐらいだぜ。」
「へぇ、ルードさんって器用なんだね。でも危険なタークスの仕事をやってるぐらいなら、この店の支店長になるのもいいかもしれないよ。」
「オウ!もっといってくれ。危険な仕事してるような奴にゃティファちゃんはやれねぇよ!」
「…お前、それを言うか…。」
ルードがボソッとこぼした一言はタークスの一員ならではである。陽気にフライパンを操っている男が以前は反抗勢力のリーダーで、第一種危険人物であったのを知っているのは、ほんの一部の人だけである。
「えー?!ルードさん、とうとうティファに告白したの?!すごーい!!」
クラウドの少し甲高い声にルードが一気に顔を赤くすると、隣でバレッドがげらげら笑っている。
「ガハハハハ!それがだな、聞いてくれ!こいつこんななりをしているくせにシャイでまだろくにしゃべることも出来ねえんだぜ!」
「へぇー、知らないよ。今度ティファと一緒にニブルの同窓会に出るんだけど、彼女は村のマドンナだったから、村に戻ったらきっとたくさんの男から声かけられるんじゃないかな?」
「大丈夫だ、彼女はメンクイの上に強い男が好きだからな。おまえよりいい男で強い奴はいないはずだ。」
幼馴染の知られざる一面を聞いたような気がして、クラウドは思わず苦笑するが、寡黙な男の隣でパスタを作っている豪快な男がうなずいているのだからあながち間違いではないのであろう。そんなことを思っていると、スタッフルームの扉を開けてうわさされているとも知らないティファが満面の笑顔でフロアに入ってきた。
「あら、クラウド。いらっしゃい。」
その場を見渡したというのに真っ先にクラウドに挨拶をするので、ルードは苦笑いをし、バレッドはガハガハと大笑いした
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