店に入ったとたん、店長に笑い飛ばされてティファは思わずきょとんとしていた。しかし、気を取り直して仕事を始めようとして、クラウドの足元にあった紙袋を見つけて目を丸くした。
「えー?!ちょっとクラウド。あなた『ダイアナ』でこんなにたくさん服を買うような収入なの?!」
「え?あの店なら普通だろ?そんなに高いと思えないんだけど。」
「あー、やだやだ。これだから高給取りのクラスAソルジャーは困るわよねぇ。デザイナーズ・ブランドを普通っていえないわよ。私たち学生はファスト・ファッションでもたくさん買えないって言うのに。」
「じゃあ、そこの彼氏におねだりしてみろよ。ルードさんなら俺とそう変わらない収入があるはずだぜ。もっとも、ティファは『ダイアナ』よりほかに似合いそうな服があると思うけどな。」
「エー!『ダイアナ』ってやっぱりクラウディアさん御用達だからフリルとかレースをふんだんに使っているの?」
「そんな感じかな?デビッドさん。ああ、オーナー・デザイナーの名前なんだけどね。彼はフリルたっぷりの丈の短いスカートのデザインをよく作るんだよ。」
「って、クラウド。あなた『ダイアナ』のオーナーと知り合いなの?!」
「業務上の都合で詳しくいえないけど、仕事で知り合ったんだ。」
「お。そういえば八番街のはずれで反抗勢力が暴れたことがあったなぁ。あれはお前が出たのか。」
「わるいけど、否定も肯定も出来ない。任務のことは外部に話せないんだ。」
クラウドの言葉にサングラス越しのルードの視線が突き刺さる。ふと視線を返すと、にやりと口元を緩めて軽くうなずいている。そんな様子を見てバレッドは軽くうなずいた。
「まあ、仕方ないわなぁ。ソルジャーの仕事は部外秘だから俺たちが首を突っ込むことはできねぇ。お前の同居人の彼女ですら聞くことも出来ないはずだ。よほど肝の座った女で無い限り、心配で神経すり減らしてしまうから、トップクラスのソルジャーと同居なんて出来ないぜ。大切にするんだな。」
「ん?無事に帰ってくるか心配で…って奴?そうだね、何度も言われたよ。戦いとは縁の無い世界で生きてほしいって。でも、俺は守られるよりも守りたいと思ってしまったから、それは出来ないって答えたら、すごい顔をされたよ。」
少し寂しそうな顔でクラウドがつぶやくように言った言葉が、真実であるとティファに告げる。一瞬顔を引きつらせながら、出来上がったパスタを客が待つテーブルへとあわてて運んでいくのを見送ると、バレッドが声を潜めてクラウドに話しかけた。
「おい、気がついているか?」
バレッドが聞いてきたことは、クラウドがルードのことをティファの彼氏と言ったのを彼女が否定しなかったことであった。以前なら即座に否定していたというのに、今回はそれが無い理由はひとつしかない。
「ん?ああ、否定しなかったね。何か進展あったの?」
「実はだな、この間娘のマリンが移動遊園地に行きたいとごねて、俺は店があるからいけないから、ティファちゃんに頼んだんだよ。ちょっと進展するかと思ってルードをつけたんだが…これをみな。」
バレッドが差し出したのは『移動遊園地が来た!』というタイトルの7番街の地域新聞であった。中央には人でにぎわう遊園地の中を撮った写真が貼られている。が、その写真の中央にまるで本物の家族のような雰囲気のティファとルードと、大男に肩車されて得意満面のマリンがいたのであった。
「これじゃあ、あんたの子供には見えないじゃないか。」
「ルードに教えるのは尺だから黙っていたが、ティファちゃんは気は優しくて力持ちという男もタイプなんだよ。」
「あ、わかるよ、それ。で、賭けるかい?」
「いや、賭けにはなんねえよ。もう答えは出てるようなもんだ、気がついてないのはご本人たちだけって奴さ。」
「そっか…ティファもいい人に惚れられたよね。ルードさん実直だし浮気はしないタイプだと思うよ。」
「ならばもう決まったようなもんだな。しっかりと発破かけておくぜ。」
バレッドがそういいながらにやりと笑って差し出したパスタの皿を受け取ると、クラウドは手近なところにあるフォークを取って美味しそうなにおいをさせている食事を食べ始めるのであった。
クラウドがパスタを食べ終わって珈琲とデザートを食べ始めるころ、少し手の空いたティファが隣のいすにかけた。
「それで、クラウドはいつの日に戻る予定なの?出来れば一緒がいいかなーって。」
「ん?ああ、カンパニーが飛行機のチケットを取ってくれたんだ。クラスAソルジャーだからって別にエコノミーでいいと思うんだけど…」
クラウドの声に皿を洗いながらルードがこたえた。
「お前みたいに顔の知られているトップクラスのソルジャーをエコノミーに座らせることは出来ない。」
「と、いうわけで飛行機のチケットも会社もちなんだ。どうも来月の1日の便を抑えてくれるみたいだけど…ティファはどうするの?飛行機のチケット代けっこうするでしょ?」
「え?あ、うん。ルードがここでのバイト代をためてて…チケットも取ってくれたの。それが1日の便だったから違う日だったら変更しないと…と、思っていたの。」
ほんのり頬を赤らめてしゃべるティファにびっくりしながらも、クラウドがルードに意味深な笑みを浮かべた。
「まあ、ルードさんはカンパニーから結構給料もらってるから、ここのバイト代なんてもらえないし、俺の移動日だってすぐにわかるよね。」
頭まで真っ赤になりながらも、皿を丁寧に拭きながらルードがつぶやいていた。
「バイト代じゃない、食事代だ。こいつがぜんぜん受け取らないから、仕方なく皿を洗っているんだ。」
ルードの言葉を聴いて豪快にバレッドが笑っている。
「なーにいってやんでぇ!ティファちゃんに変な虫がつかないように、こいつと一緒に移動させれば安心だとか思ってんだろうに!」
何も言えずにルードがさらに真っ赤になると、ティファまで赤くなっている。そんな二人を見ながらクラウドはにっこりと笑って食事代をテーブルに置くと、いすから立ち上がりながら爆弾発言をした。
「なんだ、俺ってルードさんの代わりなのか。悪いけど、俺ルードさんのように力持ちじゃないから自分の荷物は自分でもってくれよな。」
「ク…クラウドのばかぁ!」
真っ赤になりながらもティファがクラウドの背中を思いっきりはたくと、その力強さのおかげでおもわず咳き込んだ。
「ゲホゲホッ…。い、痛いよティファ。」
「おー!すげぇぞ、ティファちゃん。泣く子も黙るクラスAソルジャーをぶっ飛ばして涙目にさせるなんざぁ、さすが拳法を習ってただけあるなぁ!」
「俺って、そんなに強いとは思えないんだけどなぁ。隊長殿の足元にも及ばないと思うよ。」
「そりゃお前、比較する相手が悪すぎる。相手は戦神とも呼ばれているような男だ。」
バレッドの言葉を継ぐようにルードが話しかけた。
「お前は実際強い。気の強さ、肝の据わり方、剣さばき、そして愛用の剣にはめられている召還獣の強さ、どれをとっても天下一品だ。そのうえそれを微塵も感じさせない優しさがある。どれか一つだけだったら今まで何人も見てきたが、すべて持っている男は早々いない。」
治安維持軍の隊員をスカウトする職にもあるタークスの一員である彼が言うのであるのだから間違いは無い。思わぬところから出た最大級のほめ言葉に、クラウドは思わず照れた。
「ルードさんにまで言われるのなら…少しは自信もってもいいのかなって思っちゃうよ。」
目の前の金髪美少年がどれほど肝が据わっていて、その腕も確かであるか、マスターのバレッドだとて知っているつもりであったので、あきれたような口調で答えた。
「少しは…だとぉ?!思いっきり威張ってもいいレベルだ、おまえは。死神ダインだって、北コレルの連中だって、お前の度胸にはあきれていたぐらいだからなぁ。それだけ度胸があるということは腕に自信がある証拠だろうが?自信がなければあんな危険な連中といくら武装していたからとはいえ、対峙しようなんておもわねえぞ。ちがうのか?!おい。」
「ん?うん、まあ…マテリア持っている限り負ける気はしないのは確かだけど、ね。相手の出方でそれも変わってくるものだろう?」
「機転の利くところも、そこらへんのソルジャーではない証拠だな。」
「いじめられ方が違うよ。俺、入隊直後から隊長に直接戦略を叩き込まれたもん。」
「そりゃ…ほかとはレベルが違う証拠にしかならねぇぜ。ペーペーの新入りをあの銀鬼が直接指導したとなると、将来有望で実力がかなりある証拠だ。そうでもなければ、第一線のトップを突っ走るようなソルジャーの集まる部隊に入ることもできないし、あの男が手間をかけて教育するなどありえない。あいつはそんな暇のある男ではないはずだからな。それは身をもって知っているはずだろう?」
「え?そんなことは…。」
クラウドが反論し始めようとした時に、不意に携帯電話が鳴り響く。番号を見るとリックからであった。この男から電話が入ることは今までに数回しかない。そのすべてがイレギュラーによる出動要請だったのであった。
「なにがあった?!」
誰何もせずに、名前も名乗らずに用件だけを聞くクラウドに、電話の向こうのリックも用件しか答えない。それはクラウド自身が自分が呼ばれる緊急性をわかっているからである。
「4番街ポイント04・168で反抗勢力が暴れてる。」
そこまで聞くと反射的にポケットのキーに手が伸びる。
「装備もバイクもある。7番街だ!」
言うと同時にルードに買い物袋を預かってもらうよう頼み、クラウドは店の外に駆け出していく。そんな少年の背中を見送ると、店主のバレッドは隣にいる男にため息混じりにつぶやいた。
「なあ…お前の言っていた電子マネー導入、真面目に考えてもいいぞ。何しろこの店の常連がほとんどあんな連中だからなぁ…現金よりカードのほうが客が楽だと、今つくづく思ったぜ。」
にやりと笑ったルードが、軽くうなずくのを見て、バレッドはつくづく反抗勢力グループを解散してよかったと思うのであった。
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