クラウドがニブルヘイムに里帰りしたその日から、治安部は寒風が吹き荒れた。原因は最愛の嫁が隣にいないために最低最悪の低気圧を背負って仕事をしている英雄閣下であった。以前の彼に完全に逆戻りしたかのような姿勢に、クラスSやクラスAどころか下級ソルジャーまでその変化が感じられるほどセフィロスの感情は再び氷に閉ざされてしまったのであった。
「リック!姫はいつ戻って来るんだよ…。俺、今クラスSに行きたくないよ。」
「おーお…。ザックスから聞こえるならわかるが、まさかブライアンから聞こえてくるとは思わなかったな。姫の戻りはあさっての予定だ、地酒の4,5本もってこいって伝えておくか?」
「地酒ぇ〜?あいつの里ってニブルだろ?地酒よりも乳製品のほうがうまそうなんだが?」
 ブライアンの言葉を聴いて輸送部隊に移動したアランが反論をした。
「何だ、ブライアン知らないのか?ニブルヘイム地方の酒は高級品なんだぜ。俺は酒のほうが良いなぁ。」
「クラウドの性格だと酒よりも菓子とかそれこそ乳製品だな。しかしブライアン、おまえほんの2,3年であの雰囲気を忘れたのか?」
 やたら真面目になったと評判のザックスがクラスA執務室に入ってくると、いつのまにかリックがそばに移動している。
「任務か?」
「いや、雑用だ。2週間後にウータイ遠征に行くための情報入手。お前も協力してくれ。」
「了解。」
 リックの態度が変わったのはクラスA全員が既に承知していた。言葉こそフランクだが、しっかりとザックスを上官として扱ってる姿は、周囲どころか治安部に所属するすべての隊員たちの見る目をあっという間に変えてしまった。
 既にクラスAナンバー2の位置に自ら居座ってしまったザックスに、ブライアンが苦笑いをした。
「そうか…2,3年前のキングは…あんなに氷に閉ざされていらしたのだな。」
「恐ろしいのはクラウドの笑顔って事かな?あいつの笑顔であの氷をたった一ヶ月で溶かしたんだからな。」
 特務隊にいたからこそ知っていることである。ザックスは自慢げに言い放つが、リックが小ばかにしたような瞳で突っ込みを入れた。
「お前…忘れたのか?隊長殿が入ったばかりの新入りの頭を無意識とはいえ何度もなでていることを…。いくら戦略シミュレーターの出来がいいからと、隊長殿が入ったばかりの一般兵の頭などなでるかよ。今だからいえるが、あの時には既に姫に惚れてたんじゃないのか?」
「あー、まさかあいつ…ゴンガガのミッションの時に黄昏てた時には落とされていたんか?!」
「ああ、訓練生に心配されたってあれか?そうなると本当の一目ぼれか…、まあ姫なら許す。」
 聞き捨てならないことを聞いたクラスA仲間がいきなり集まって騒ぎ始めた。
「な、なんだってー?!あのキングが姫に一目ぼれだとー?!」
「お…お前らそれを正気で言うのか?!」
 あまりの剣幕にザックスとリックがびっくりするが、顔を見合わせて思いっきりため息をついた。
「まあ、その反応はしゃあねぇってところかな?」
「ああ、俺たちだって一時期はそういう反応したからなぁ。」
「でも、事実だよなぁ?」
「ああ、事実だな。」
 取り乱すことなくうなずきあう特務隊副隊長と副隊長補佐の姿勢に、クラスAソルジャーたちが唖然とした。
「マジかよ…。」
「姫が訓練生のときのことかよ?」
「どうして訓練生がトップソルジャーと出会えるんだよ?」
「あ?それは俺が訓練生で一般兵をぶっ飛ばした奴がいると聞いて、どんな奴か会いに行ったんだ。あのチョコボ頭をわしゃわしゃとやってぶっ飛ばされたところに、ちょうどゴンガガ遠征ミッションの会議集合時間直前に訓練棟に入った姿を見たのか、セフィロスがなぜか立っていたんだ。」
 耳にした言葉は何度聴いても信じられないことである、聞いていたゴードンがあきれたような顔で突っ込みを入れた。
「はぁ?ザックス、おまえ初見で姫にノックアウトさせられたのかよ?」
「わりぃか…ぱっとみ可愛い子ちゃんだったんだ、おまけに相手は訓練生だぜ、気も緩みまくりよぉ。」
 理由はわからないでもない。ソルジャーとして強化されている男が、まだ入隊前の訓練生に負けることなど普通ありえない。その気の緩みを突いたとはいえ、なりたてのソルジャーをぶっ飛ばせるほどの力を持つ少年がいるということを証明しているのだ。しかし、その事実は既に身になじんでしまっていたためか、エドワードがあることに気がついた。
「って事はなんだ、お前があの二人をめぐり合わせたって事か?」
「あれがめぐり合わせたことになるのかね。クラウドの奴髪型をセフィロスに揶揄されて、そうとは知らずに反射的に右フックぶちかまそうとして、軽く止められてたぜ。」
「うわ!なんていう身の程知らずだ。」
 向こう見ずな性格をしているのを知っているとはいえ、パーシーとゴードンが青い顔を見合わせる。
「何をいまさら!嫌なこと言われた途端に俺がぶっ飛ばされているの何度も見てるだろーが!」
 ザックスの一言に大笑いする仲間たちの会話を聞いてリックがニヤニヤしていた、それにエドワードが気がつき尋ねる。
「リック、何をにやけてるんだよ?」
「いや、隊長殿も人の子なんだなぁっておもってさ。ぱっと見可愛い子ちゃんの訓練生にいきなり右フックぶちかまされそうになったと思ったら、その子に『どうかご無事で…』って言われたりしたら気にもなるか。」
 リックの言葉に気がついたザックスが突っ込みを入れる。
「あ?あの時クラウド何も言ってなかったと思ったけどなぁ。」
「しかしその直後の遠征の時に『どうかご無事で…』と言われたことあるか?と聞かれたんだろう?」
「ん?ああ。そういえばあのセリフはクラウドが言ったんだよなぁ。ソルジャーの聴力で聞こえないというのは、声に出さずにつぶやいてるのか。」
「俺が聞いている限りでは、そういうことなんだろうな。」
 リックの言葉を聴いて、ブライアンとエドワードが顔を見合わせた。
「はぁ…キングってツンデレ美人が好みだったのか…」
「確かにあの方の周りにはいないタイプだな。」
「ぶははははは!ツンデレ美人!!めっちゃあたってる!しかしクラウドが帰ってきたら間違ってもそんな事いうなよ、秒殺されるぞ。」
 げらげらと笑うザックスを見るクラスAソルジャー仲間の顔が全員真っ青になっている、それをまったく感じない鈍感さはある意味たいしたものである。しかし、仲間の視線が自分からずれて扉のほうを見ているのに気がついたザックスが、いきなり大声で笑うのをやめて青ざめた顔で扉をふりかえると、そこには金色チョコボの雛冠を怒りでくゆらせているクラウドがたっていた。
「ク…、ク…、ク…クラウドちゃん?戻りはまだじゃなかったのかな?」
 三白眼で肩を怒らせてつかつかとザックスに近寄ったクラウドは、気のいい兄貴分の胸元をわしづかみにして怒鳴った。
「誰がツンデレだ!誰が美人だ!だいたい男に美人っておかしいだろ!」
「ぜーんぜん!お前は表情も行動もすべてが可愛いっつーか、美少女だろうが。」

(姫相手に正面切ってあんなことがいえるザックスをある意味尊敬するな。)

 怒りで顔を真っ赤にしてつかみかかっている少年とその兄貴分をみながら、クラスA仲間たちがこっそりと顔を見合わせていた。
「ところで、隊長補佐殿。休暇を返上するほどの任務は入ってはいないようですが、何か御用ですか?」
 いきなり改まった態度でリックにたずねられてクラウドがびっくりする。
「ちょっと、嫌だなぁリック。それじゃあまるでクラスSに対する態度じゃない。お土産が日持ちしないから持ってきただけなんだけど…、リックは無しでいいみたいだね。」
「日持ちしないという時点で乳製品決定だな。」
「あたり、ニブルの観光牧場で作った作り立てのレアチーズケーキで、まだ10時間ぐらいしかたっていないかな。だから空港から直行したんじゃないか。」
 クーラーバッグからたくさんのチーズケーキを取り出してクラウドがニコニコと笑っている。彼の趣味丸出しで買ってきたお土産だが、クラスA仲間としては彼ほどケーキは好きではない。
「姫、なぜケーキなんだよ。ほかにあっただろう?チーズとかバター・クッキーとか。」
「え?みんなケーキ嫌いなの?すごく美味しいよ。」
「まあ、嫌いではないが…しかしいくらナマモノとはいえ休暇を2日も返上して出てくることも無かろう?」
 チーズケーキを受け取りながらエドワードが苦笑をしている、その横で少しほっとしているブライアンともらったケーキを既に口の中にほおりこんでいるザックスと、クラスA執務室はいつもの様子であるが、クラウドが一瞬眉をひそめた。
「俺の休暇があと2日もあるって?冗談だろ?休暇届は今日までで、明日から出勤の予定で提出してあるはずだよ。」
 クラウドの跳ね髪をぽんと右手で押さえて、くしゃっとなでながらザックスがにっかとわらって耳元で答えた。
「そりゃどこかの独占欲丸出し旦那が休暇を操作したんだな。明日出勤したかったら家かえってこのチーズケーキを山ほど食わせてやれ。」
 言われた言葉の裏に隠されたことを感じ取ってクラウドが思わず赤くなるが、否定はできない。なにしろ最愛の人の独占欲の強さは自分自身が一番知っている。
「いい!いまからクラスSに行ってお土産渡すついでに出社宣言してくる!」
 肩を怒らせてつかつかと執務室を出て行ったクラウドの背中を見送ると、クラスAソルジャーたちは顔を見合わせて『返り討ちにあうなよ…。』とこっそりとため息をつくのであった。
 一方クラスS執務室に出向いたクラウドを待っていたのは冷え切った空気の中で執務するクラスSソルジャーたちであった。部屋に入ったとたんに敬礼をするクラウドに、パーシヴァルが苦笑いをしながら問いかけた。
「クラウド、君はクラスS所属のはずだったな?なぜ執務室に入るたびに未だに敬礼するのかな?」
「自分はクラスS扱いになったとはいえ正式にはまだクラスAのはずです。」
「やはり準クラスSをいう地位を作るべきですかね?ところで、君の休暇はあさってまでだと聞いていましたが?どうしたんですか?」
「日持ちのしないお土産を持ってきたもので…それと、自分は明日出社の予定で休暇届を書いているはずです。」
 掃天のような瞳が自分の上官であり、この部屋の空気を冷やしている原因でもある男をにらみつけた。