完全にセフィロス付の下士官となったクラウドだったが、さすがに訓練所仲間にも誰にも伝えることはできなかった。
今まででもセフィロス付の秘書官になった事で、一部の下級兵士や訓練所仲間から陰湿なイジメにあったり意地悪をされたりしていたのである。
それがさらに憧れの英雄と寝食を共にしているともなると過激になるに違いない。
それにサー・セフィロスと同居しているのは可愛い女の子という噂を立てねば、ルーファウスが自分とのデートを諦める事はないと判断し、ザックス以外の誰にも言わずにひたすら隠していた。
それどころか自らセフィロスに同棲中の女性がいる噂を流すべく細工をした。
クラウドが携帯で取った自分の女装写真を総務のアメリアに見せたのがきっかけで、その写真の美少女がまさか目の前の少年とは思いもしなかったのかあっさりと信用した。
クラウドから美少女の写真データーをもらったアメリアが、あっという間にセフィロスのお気に入りの美少女の話しを広めた。
その上、夜な夜なあちこちの酒場で飲んでは、言い寄ってきた美女とシケ込んでいたセフィロスが、ぴたりと飲みに出掛けなくなった。
部屋で待っていたクラウドの料理が想像以上にうまかったからか、それとも部屋に戻ってきた時に満面の笑顔で「おかえりなさいませ。」と言われ、普段慣れていないお出迎えなどと言う行為をされたはずなのに、どこか嬉しい気持ちがあったのかは定かではないが、同居している美少女が現れて浮き名を流さなくなった英雄がいたので、簡単に噂が操作出来たと言う事であった。
あまりの速さにさすがのタークス主任のツォンが呆れていた。
すでに若社長のルーファウスも聞き及んでいる事であろう。
それが証拠にルーファウスからかの英雄を落した少女に会いたいと矢のような催促を受けている。
セフィロスの恋人の話しが広まってすでに一週間が経過した頃。
とある有名なレストランに噂の美少女をつれた英雄が現れた。
レストランで本格的な予行練習をする為に、クラウドを女装させてつれていただけなのだが、セレブの集まるレストランへ行ったにもかかわらずセフィロスのつれている美少女は注目の的だった。
自分に集中する視線に嫌な物を感じた、クラウドがぼそりとセフィロスに告げた。
「な、なんだか睨まれているみたいで、恐いです。」
「ぶしつけな連中だな。にっこり微笑んでやれ。」
「芸能人ではありません。」
拗ねるような上目使いの青い瞳、肩までかかるハニーブロンド、店にいる客がほとんどと言っていいほど注目していた美少女が実は少年だという事は誰も思いもしないであろう。
男性客の嫉妬交じりの視線を感じながらセフィロスがそんな事を思っていた。
当然と言うか、やはり…というか翌日のゴシップ新聞にはしっかりと写真付ですっぱ抜かれていた。
その日の午後、ツォンからセフィロスに連絡が入った。
「そろそろいかがでしょうか?」
「今、訓練に行っている。戻ったら聞いて連絡を入れる。」
「良い答えを御待ちしています。」
電話が切れて1時間ほどした所でクラウドがいつものように執務室の扉をノックする。
扉を開けて敬礼しながらいつものようにザックスの書類を片づけようとパソコンを起動したところで、セフィロスが近寄ってきた。
「今日はたしか剣の試験だったはずだな?」
「はい、おかげさまでジャン教官から一本取ることができました。」
「ほぉ、あのジャンから一本取ったのか。それはさぞ驚いていただろうな。」
「はい、自分が一本取られたのはサー・セフィロス以来だと言われました。」
「そうか、ならば最高級ホテルのディナーをルーファウスのおごりでどうだ?」
「ええ?!まだ諦めていないんですか?!もう、仕方がないですね。しかし、サー。自分はそのような場所に行ける服を持っていません。」
「ツォンに頼んでおくか。とびきりのドレスをよこせとな。」
「自分にはまだ地獄の実地演習の方がマシです。」
「ミッションだと思え、お前なら出来るであろう?」
「.......アイ・サー。」
つぶやくように了承したクラウドを目の端で確認して、セフィロスが携帯を取り出した。
「ツォンか?私だ。ミッションが入らないうちに済ませたい。場所はシェフォード・ホテル57Fのレストラン・ルノー。もちろんそっちの奢りなんだろうな?」
「社長に問い合わせて折り返し連絡いたします。」
ツォンが電話を切って10分も経たないうちにセフィロスの携帯が鳴った。
「私だ。そうか、わかったそう伝えておく。」
簡単に会話を終えた後、携帯を折り畳むとクラウドに向き合う。
「今夜8時にシェフォード・ホテルだ。せいぜい美人に化けろよ。」
「嫌みですか?それ。」
「業務命令だ。」
「了解。」
クラウドはため息交じりに返事をして再びザックスの書類に取り掛かった。
そこにザックスが花束抱えて入ってきた、花の良い香が執務室の中に漂いはじめた。
「ザックス、どうしたの?その花束。」
「ん?デヘヘヘヘ 駅前で可愛い子が売っていたんだ。ちょっといやらしいおっさんにからまれてて助けたら『お花、いりませんか?』だって。んで、全部買っちまった。」
ザックスの話しにクラウドが呆れたような声を出した。
「また別の女の人ですか?懲りませんねぇ」
「貴様は学習すると言う事を知らないのか?」
「それがよぉ、今までの女の子とはちょっと違うんだよな。けなげでそれこそひっそりと咲く野の花みたいでさ…」
「好きにしろ。俺にはもう関係ない。」
「あれー?!冷めちゃったのねン。あんなに俺の面倒見てくれたのに。」
「俺は今それどころじゃないの!」
ザックスとクラウドが口げんかをしはじめた時に、執務室の扉がノックされ、ツォンが紙袋を片手に入ってきた。
扉を開けてツォンの目に飛び込んできたのが、クラス1stのソルジャーと訓練生の口げんか、そしてミッドガルでは珍しい生花だった。
その生花に見覚えのあるツォンが顔を一瞬ぴくりと動かしたが、口げんかの最中の二人にその微妙な変化がわかるはずもなかった。
冷静に事の推移を見守っていたセフィロスだけがその微妙な変化ににやりと冷たく微笑んだ。
ツォンがクラウドの前に行くと冷静な口調で話しかけた。
「ストライフ君、これはルーファウス様からのプレゼントです。」
「え?まさかドレスですか?」
「ブハハハハハ!!下心まる見え!!男が女に服をプレゼントするなんざ、その服を脱がしたい以外の何物でもないんだぜ!!」
ザックスが笑い転げた途端クラウドのエルボーがザックスの腹に綺麗に決まった。
前かがみになったところで延髄蹴りが炸裂した。
「あべしっ!!」 ← どこかで聞いたようなやられる時のよくあるセリフ
「俺は男だーーーー!!!」
訓練生に一撃でノックアウトされたザックスに、セフィロスは相変わらず冷たい目で見ているがツォンは苦笑していた。
紙袋をクラウドに渡しながら思わず勧誘のセリフまで口にした。
「ソルジャー・クラス1stのザックスをノックアウト出来るのは、ソルジャーの中でも早々いません。しかも君はまだ訓練生。ソルジャーになどならずにタークスに来る気はありませんか?」
ツォンの勧誘の言葉にびっくりしたクラウドが一瞬唖然とした。
しかしすぐにまっすぐな瞳でツォンに断りを入れる。
「自分はサー・セフィロスに憧れてソルジャーになるべくこのカンパニーの訓練生に応募したのです、タークスになるつもりはありません。」
「残念ですね。しかし君のような優秀な人材ならいつでも歓迎します、気が変わったらいつでも連絡下さい。」
そう言うとツォンは一礼をして執務室を出て行った。
その途端ザックスがミニキッチンから何かを片手に持って戻ってきて、手に持ったものを扉に向かってふりまいていた。
「冗談じゃねェ!!おととい来な!!」
その奇妙な行動にクラウドが青い瞳を丸くさせ、扉から離れていたセフィロスが不可思議な顔をしてザックスに聞いた。
「ザックス、貴様はツォンがいないと言うのになにをやっているんだ?」
「あん!?これ?知らないの?嫌な奴が帰って行った時に塩を撒くもんだぜ。」
「清めの塩か。妙な事を知っているのだな。」
「俺の家の母ちゃんが嫌いな客が来たら良くやってたんだ。それよりも、クラウド。部屋に戻ってくる気ない?」
「サーがミッションに行かれたら一時的に戻ります。」
「あんたがミッション…って当然、俺もいない(泣)。」
「サーとご一緒していると凄く勉強になるんだ。ザックスといると変な仕事しか回ってこないじゃない。どっちを選ぶって言われたら迷わずサーと一緒にいる事を選ぶね。」
「クラウドーーー!!お兄ちゃんは大変なんだよーーー!お前がいなくなってから遅刻はしまくるし、飯は食いっぱぐれるし、部屋の中訳がわからない状態になっちまったしよぉ!」
「ええーー?!部屋ぐらい整理しろって何度も言ってるじゃないか!!そんな汚い部屋に俺、絶対戻りませんからね!!」
ツォンから受け取った紙袋を片手にクラウドは机に戻ると、ザックスの書類を持ち出す。その束をザックスに押しつけながらクラウドはあっさりと言った。
「自分はサー・セフィロスの下士官です。サー・ザックスの書類を処理する義務はありません。ご自分で処理して下さい。」
「ひ、ひえーーーー!!!鬼!悪魔!!」
「何とでもいってください、手伝う方がサーのためではありません。」
ソルジャーと訓練生の立場が見事に逆転していたので、思わずセフロスが苦笑を漏らしていた。
「クックック…いい人材を下士官にしたものだな。」
「クラウドをつれてきたのは俺なんだぞ!!本来なら俺付きの下士官になるのが普通じゃないのか?!それを横からかっさらいやがって!!」
「私の執務室に連れてきたのは貴様だ、部屋にいる有能な人材を使って何処が悪い?だいたい貴様がわるいのではないのか、雑用にばかり使っていては伸びるものも伸びはしない。少し教えただけでクラウドはジャンから一本取れるようになったんだぞ。」
「え?!ジャンってあの鬼教官のジャン・ジャック・ベルーシー?!あいつ、それこそ元1stソルジャーだから凄い腕なんだぜ。」
「クライドには潜在能力が有る、それを引き出すのが下士官を持つソルジャーの仕事だ。貴様にそれが出来るか?」
「ぐぅ〜〜〜〜」
何も言い返すことができなくなったザックスは仕方がなく書類を持って、この所何ヶ月も使っていなかった自分専用のパソコンを立ち上げた。
そして人差し指一本打法でペチペチとパソコンのキーを押しはじめた、横から見ていたクラウドが思わず溜め息をついた。
「自分がサー・ザックスにここに引っ張られてきた理由が何だかやっとわかったような気がします。」
「化石のような奴だろ?」
「うるせー!!なんとでも言え!!」
二人に揶揄されながらもザックスはしばらくパソコンとにらめっこしていた。
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