翌日、訓練を終えたクラウドは渋々駐車場へと向かうと既にセフィロスが愛車の前に腕を組んで待っていた。
「よく来たな。」
「自分にしか出来ない事であるのは理解しています。」
「クックック…それで良い、では行くぞ。」
「アイ・サー!」
敬礼したクラウドを一瞥するとセフィロスは愛車の運転席に乗り込んだ。クラウドも助手席に座るとシートベルトを嵌めてシートに身体を預けた。
軽い震動を伝えながらセフィロスの運転する車は、あっという間に見覚えのあるドレスショップへと到着したのであった。
ミッドガルには珍しく生花を沢山かざってある店には、女性特有の華やかな世界が広がっている。そこに入るには自分は相応しくなく浮きまくっている気がしてなら無いクラウドは思わず店の入り口で立ち止まってしまった。
そんなクラウドの様子に気が付いたのかセフィロスが振り返って手をさし伸ばした。
「何をしている、早く来い。」
店の入り口で立ち止まってセフィロスを見あげているクラウドは目の前のはるか上官を思いっきり睨みつけていた。
「何を怒っている?」
「自分は男です、ドレスショップに正面から入りたくありませんでした。」
「任務であろう?」
「任務であるから裏口で十分だと思います。」
「まったく、入ってしまってから我が侭言うな。」
「アイ・サー」
あくまでも業務の一貫とばかりの態度を崩さないクラウドにセフィロスが苦笑する。
しかしそんな事おかまいなしにセフィロスは表情を変えないままドレスショップの奥にあるVIPルームへとつかつかと歩いて行くのであった。
VIPルームではショップのオーナーでデザイナーである女性が優しげな笑顔で待っていてくれた。
「御待ちしていました、サー・セフィロス。本日はどのような御用事ですの?」
「今週末のホテル・オリエントでのパーティに出席したい。」
「では、ご用意いたしますのはサーのタキシードでしょうか?」
「いや、この子に最高のドレスを頼みたい。」
「承知致しました。」
何も不思議に思わなかったのであろうか?店のオーナーは素直にうなずくとクラウドをちらりと眺める。軽くうなずくと売り場へと出ていってしばらくすると一枚の艶やかなドレスを手に持っていた。
「ティリアン・パープルのシルクです、これ以上の物は私の店には有りませんわ。」
「ほぉ。珍しいな。」
「ティリアン・パープル?」
聞き慣れない名前の色にクラウドが首をかしげると、すかさずオーナーデザイナーが説明をした。
「帝王の紫と呼ばれている色ですよ。貝の分泌液を集めるのですが1gの染料を得るために約2000個の貝が必要とされているのです。」
「え?ではこれだけの布を染めるには…」
「先染めしていますからどのくらいかかっているかしら?ともかく大変貴重なドレスですわ。」
そんな貴重なドレスを持たされていると思うとクラウドの顔が引きつってきたのか、見下ろすセフィロスが苦笑をこらえているのがわかる。
「わ、笑わないで下さい!」
「お前も正直な奴だな、高そうなドレスだとわかった途端に顔が青くなる。」
喉の奥で笑いを殺すセフィロスを睨みつけるとクラウドはそのドレスをデザイナーに返した。
「男の自分が着るには相応しくないと思います。」
「あら、でもパーティーでサー・セフィロスの隣りに立つのであればそのぐらいのドレスでなくては見劣りがしますよ。」
(サー・セフィロスの隣りに立つ・・・かぁ。確かにそうなんだけどね。)
以前はその言葉に”絶対頑張るんだ!”と思った事だってあったクラウドだが、それはソルジャーになり一人前の戦士として立ちたいのであって、女性の身代わりとして隣に立つ積もりなど全くない。
「軍人の任務には思えません。」
「そうかしら?立派な任務の一つでしょ?」
オーナーデザイナーににこりと微笑まれて、ため息をつきながら渋々クラウドがドレスを受け取り試着室に入る。しばらくして着替えがおわったのか、仏頂面のまま試着室の扉を明けて出てきたクラウドにオーナーデザイナーがちょっと驚いた顔をした。
「まあ、可愛らしい事。たしかにこの子ならサーの隣に立っても何ら不思議は無いですわ。」
「さて?どうするかね?」
「わかりました、でもやるなら徹底的にやります。すみませんウィッグ有りますか?」
「ええ、ついでにアクセサリーとお化粧品もご用意いたしましょうか?」
「そうですね、出来れば無香料でお願いします。」
クラウドはミッションをこなすためにひたすら冷静に努める事にした、オーナーデザイナーが言われた通り無香料の化粧品と豪奢なアクセサリーをいろいろともってきた。
「えっと、スター・サファイヤと周りはスクウェアカットのダイヤよ、プリンセスラインの上品なネックレスでしょ?これはお揃いのピアス。それからこれが指輪ね。あら?ケイト!ネイルチップ持ってきて!そうね、フレンチネイルの剥がせる物を持ってきてちょうだい。」
バックヤードから声をかけただけで店員が走ってくる足音がする。
しばらくすると女性店員が少し扉を開けて様子をうかがう様にこちらを見ていた。その様子に気が付いたオーナーデザイナーがさっと立って店員の元に行くと小さな箱を受け取った。
店員が小さくおじぎをして去って行ったのを確認すると再びクラウドの元にやってきた。
「爪に張るだけの簡単な付け爪よ、当日に指に合わせて張って行ってね。それからどこかでハンドマッサージをしてもらいなさいな、爪の間に銃のグリスが染みついているから近くで見ると女の子の指には思えないわ。」
「訓練がありますので出来かねません。」
「まあ、真面目なのね。」
困ったような顔でクラウドを見つめるオーナーデザイナーはセフィロスの方を振り返った。
セフィロスがその視線の意味を悟るとクラウドに意味深な笑みを見せながらはなしかけた。
「クラウド・ストライフ、訓練生である貴様がミッションに参加出来る条件を答えよ。」
「は、はい。そのミッションに必要である理由を明記した書類を訓練担当教官が受理し許可した場合のみです。」
「この俺が規則を曲げる可能性は?」
「0%、ありえません。」
「そこから導かれる自分のあるべき姿は?」
「うっ!!サー・セフィロスの配下である第一大隊の一兵士としてミッションに対応する・・・・です。」
「と、いうわけだ。どこか良いサロンが有れば教えていただけないかな?」
うらめしそうな金髪碧眼の少年の視線とは正反対の満足げな英雄に、笑顔を浮かべながらオーナーデザイナーが一本の電話を入れた。
「あ、ジャッキー?エリスです。少年を一人モデルにしたいのだけど・・・エステをお願い出来ないかしら?ええ、頭の先からつま先までとびきり丁寧に磨いてね。そうね、金曜日の15時からでどうかしら?ええ、よろしくね。」
にっこりと笑いながら電話を切るオーナーの横顔を見ながら、クラウドは既に逃げ出す事もできない所まで来ていると自覚するのであった。
その日セフィロスに連れられてクラウドがミッション会議室へと入ると、第一小隊と第二小隊の隊員達が見慣れた訓練生が司令官の後ろに付いていたので、ミッションの内容を知っていたのか安堵のため息があちこちから漏れ聞こえた。
セフィロスが正面に立つと先程聞こえたため息の理由を問いただした。
「なんだ?何をため息付いている、クラーク。」
「失礼いたしました。ミッションの内容から考えて我らの中から誰か一名が女装をする事が必須だと思って降りましたが、ストライフ訓練生が来てくれたのであれば安心して任せられます。」
「クックック…だ、そうだ。クラウド。」
「今に見ていて下さい。必ず筋肉隆々のソルジャーになってみせますから。」
「それはそれで期待しておく。では、ミッションの説明に入る。」
クラウドがあわてて一番後ろの座席に付くとセフィロスがミッションを言い渡した。
「ミッション2901198、ランクA。社交界パーティーへ潜入し、闇取引を押さえる。潜入担当は俺とストライフ訓練生。周りを第2小隊が固め第1小隊は接客係として会場内に10人ほど入る。入る隊員の選別はルークにまかせる。」
「了解いたしました。」
「ではそれぞれにわかれてミーティングだ。」
「アイ・サー!」
その場にいた隊員達が全員立ち上がってセフィロスに敬礼した。
部屋の中から第二隊が去って行くとルークがセフィロスの元に駆け寄った。
「総司令、ストライフの当日の服装は?」
「赤紫のドレスだ。アクセサリーは総べてダイヤが取り巻いたスター・サファイヤだ。」
「それは、さぞ高貴な姿になりそうですね。クラウド、スクープされるなよ。」
「どうせ自分の名前は出ませんから。安心してピンヒールで足蹴リさせていただきます。」
「頼むからやめてくれ。そんな上品そうな姿をしていて足蹴リだなんてするな、お前は俺達と総司令が守るから。」
「自分だとて軍人です。戦闘になれば参加せねばいけません。」
「まったく、真面目はいいのだが頑固な奴だな。いいかストライフ、お前の任務はパーティーで周囲の人物からサー・セフィロスの隣に立てるだけの女性であると思われる事だ。その貴婦人が足蹴リなど持ってのほかではないかな?」
「…前向きに対処いたします。」
クラウドは思わずふくれっ面をしてしまったので、ルークは頭をガシガシと撫でてやる。
「お前のとなりに立つ総司令は世界で一番強いんだ、お前が手を出す事も無いか。」
そういうとルークはセフィロスに敬礼をしてその場を後にした。
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