ドレスを借りる約束のショップのオーナーデザイナーからの命令で、翌日からクラウドは8cmのピンヒールとフリルたっぷりのロングスカートのワンピースを着せられていた。
当然クラウドは激しく抵抗したのであるが、オーナー・デザイナーはきっぱりとクラウドに言い放った。
「日ごろ軍靴のような靴に慣れている男の子がドレスの足捌きなんてわかるとも思えないわ。慣れるためにフリルのロングスカートを履いてなれるべきです。」
「そ、そんな…俺には俺の任務があります。」
「あら?今の任務は次ぎのミッションに対応する事だったわよね。」
にっこりと笑いながらも有無を言わせない物言いにクラウドは思わず閉口した。
諦めた様子のクラウドにオーナーデザイナーが店から選び出してきたのが、今現在着ているロイヤルブルーのワンピースであった。
ウィッグを被りワンピースとピンヒールを身につけるとクラウドは何処からどう見ても飛びっきりの美少女にしかみえなかった。
「うふふふふ…可愛らしいこと。サーが女装させたがるのもわかるわ、モデルにしたいぐらいよ。」
「御冗談を、自分は軍人です。」
「そこが問題なのよね。女の子だったらよかったのにね。」
さも残念そうな顔をしているオーナーデザイナーに別れを告げて部屋を出る前に、クラウドはあわててツォンにもらった携帯を取り出しセフィロスに電話を入れた。
「サーですか?クラウドです。既に女装させられました、これからどうすればよろしいでしょうか?」
クラウドが少し情けない声でも出していたのか電話の向こうでセフィロスが苦笑している声が聞こえている。
「もう少しそこに居ろ、今から迎えに行ってやる。」
「了解。」
「そうだな、エリスに女性らしい言葉使いもおしえてもらうのだな。」
「わかりました、そのようにいたします。」
クラウドは完全に腹を括った。
20分ほどしてセフィロスが慣れているのか裏口から入ってきた。
部屋をひと眺めすると視野の中に金髪碧眼の飛びっきりの美少女が飛び込んで来た、まっすぐその少女の元に進むと意志の強い瞳がセフィロスを捕らえた。
「御待ちしていました。」
「なるほど、腹を括ったか?」
「ええ、逃げ出せないのであればサーの為に努力する事を選びます。」
「それでよい。エリス、世話になったな。」
「いいえ、サー・セフィロス。こんなに楽しいことはありませんわ、またご協力させて下さいませ。」
「そうか、その時は頼んだぞ。」
セフィロスは悠然とクラウドを連れて店を出て行った。
店を出るとクラウドはそれまでの冷淡な瞳を一度閉じて再び開け、隣に並んでいるセフィロスにふわりと微笑みかけた。
「ほぉ、やれば出来るではないか。」
「お誉めの言葉と受け取っておきます。」
クラウドはセフィロスに微笑みながらも冷静に周りを見渡していた。
道には多くの人々が行き交っていたが、ほとんどの人が止まってセフィロスを見つめていたので、やはり英雄はどんな時でも人の目を引くのだと思っていた。
しかし、セフィロスは集まってくる視線の意味まで探っていた。
(どうやら誰一人としてクラウドを男とは思っていないようだな。)
そう判断すると隣を歩いているものすごい美少女の腰を悠然とだきよせてゆるやかに微笑んだ。
「ミルフィーユ、疲れていないか?」
「え?いえ、私はまだ。」
「そうか?この先に有名なパティシエのやっている店を知っているのだがな。」
「ありがとうございます、私はまだ大丈夫ですからサーの御用事を優先して下さい。」
「つれないな、デートぐらいさせてくれないか。」
がっちりと抱えられているクラウドに逃げ出す術は無い、強引にセフィロスに連れられて有名なパティシエの運営するカフェテラスへと入るのであった。
当然その姿を見ていた一般市民が携帯カメラで撮影した”英雄セフィロスの恋人”の写真は翌日のスクープ誌の一面を派手に飾るのであった。
ザックスがゴシップ記事を抱えてセフィロスの執務室に入ると、金髪碧眼の美少女がにこりと微笑みながらおじぎをした。
「ようこそいらっしゃいませ、御用事を承っていますでしょうか?」
「へ?あ…お嬢さん一体どちら様で?」
「この度サー・セフィロスから秘書の任を受けたミルフィーユと申します。」
「ああ、ミルフィーユちゃんね。…っておい、クラウドか?」
ザックスが改めて頭のてっぺんからつま先まで目の前の美少女を嘗め回すように見ると、クラウドらしい表情が戻った。
「ええ、そうですわ。そこにお見えのサーの命令ですの。私自身もかなり拒否したのですが…」
ザックスが呆れたような表情でセフィロスに振り返る。
「セフィロス、何考えているんだよ?」
「クックック…美人であろう?しかし下手に苛めるとピンヒールで足を踏まれるぞ。」
「ははぁ〜〜ん。さては、すでにやられたか。」
「フッ、この俺がそんなヘマをやると思うか?」
「いや、あんたはそう言う男じゃない。ところで、このお嬢さんをデートに誘いたいなぁ〜〜」
ザックスがクラウドを見てニヤニヤしていると冷たい目でにらみ返される。
「私はサーの秘書でございます。私に用がある場合はサーに許可を取って下さいませ。」
冷静に装いつつもザックスの反応を眺めていると、不意に視野から消えうせ、とたんに足元のスカートがひるがえった。
「なんだ、いつものト…ぴぎゃあ!!」
スカートをめくられた瞬間にクラウドが、かがんでいたザックスの後頭部をめがけてけりを入れたのであった。
そのまま身体をひねり回し蹴りを放つとザックスがノックダウンした。
ふわりとひるがえったスカートを両手で押さえるとクラウドが冷静にセフィロスに向き直った。
「今のは見逃して下さい。」
「そうだな、今のは許可しよう。」
にやりと笑うセフィロスにつんとそっぽを向いてクラウドは秘書の任務を続けるのであった。
しかしその日のセフィロスは何を考えているのかクラウドにべったりと張り付いていて、美少女にあれやこれやと世話を焼いているので美少女の中身を知っているルークですら不思議に思ってしまう。
「総司令、何を考えてお見えですか?」
「クックック…わからぬか?こいつが変な奴に惚れられる訳には行くまい?ならば俺がこの少女に首っ丈と言う噂を流せば横恋慕する輩は居なくなるであろう?」
「一応、”妹”の事を考えて下さっていたのですか、わかりました。」
「もっとも、嫌がるクラウドの顔を見るのも楽しいぞ。」
「総司令、趣味が悪いですよ。レイア、嫌になったらいつでもお兄ちゃんのところに戻ってくるんだぞ。」
「そう言う言い方しないで下さい。まるで俺がだんだん俺じゃなくなってくるみたいです。」
「ともかくミッションは明日だ、明日の夜までは我慢するのだな。」
「ええ、わかっています。早く終わらないかしら。」
クラウドはあいかわらず憮然とした顔で執務をこなしていた。
* * *
翌日、セフィロスが噂の新恋人を伴ってパーティーに出席すると言うので、会場の中はすでに招待客がひしめき合いながらうわさをしていた。
まもなくパーティーが始まると言う時に、赤紫のドレスをまとったものすごい美少女を連れたセフィロスが入ってきた。
タキシードを着こなしたセフィロスが丁寧にエスコートをしている上に、見たことの無いようなゆるやかな笑みを金髪碧眼の美少女だけに向けている。
美少女の眼差しが会場の中をぐるりと見渡した。
不安げな視線がセフィロスの元に戻ると見惚れる様な笑顔を浮かべた、その笑顔に会場中の視線が釘付けになった。
(お〜お、中身を知らなかったら横恋慕しそうだ。)
会場の中にスタッフとしてもぐりこんだルークが、思わずあきれるほどクラウドの女装は完璧であった。
パーティーの進行と共にミッションが粛々と行われているが、それを知っているのはもぐりこんでいる一隊のソルジャー達とセフィロス、そしてクラウドだけであった。
社交界の噂好きが徐々にセフィロスとクラウドを囲んで行くと、配備されているソルジャー達が色めき立つが、ルークが任務を遂行するよう目くばせをする。
一方たくさんの人達に囲まれたセフィロスとクラウドは周囲の質問攻めにあっていた。
「こんばんわ、サー・セフィロス。綺麗なお嬢さんですね、御紹介いただけませんか?」
「残念ですが私は存外独占欲が強いようで彼女を誰にも紹介したくは無いのです。」
「まあ!!サーに取って特別な方なのですの?」
「本当は表に出したくは無かったのですが仕方がなく連れてきたのです、ご理解下さい。」
セフィロスの言葉に偽りは無い、それはクラウドとてわかっている事であるが、聞き方を取り間違えれば恋人宣言しているような物である、周りを取り囲んだ人垣がざわめいた。
独占欲のあまりに表に出したくないような女性というのは…
サー・セフィロスに本命の恋人の出現か?!
周囲の人々がそう判断したのも致し方がない事であろう。
取り囲んだ人達の視線が痛いほど自分につきささってくるのをクラウドは必死になって我慢していた、そのせいか身体が小刻みに震えている。
震えるクラウドをセフィロスが見たこともないほどの優しい顔で抱き寄せささやいた。
「ん?何を恐がっている?」
「わ…私、あまり沢山の人の前に出た事がありませんので…」
「そうか、ぶしつけな連中だからな。あちらに行こう。」
セフィロスがクラウドを伴って好奇心の塊のような顔をした人垣から逃れると周囲を見まわす。視線の端にコソコソとした行動をしている男たちを捕らえた。
クラウドがセフィロスの視線の先にいる人物に気が付く。
「あれは、Dr・ニコルソン。どうして?」
「クラウド、あまりじろじろ見るな。お前はあいつを知らないはずの”女性”だぞ。」
「でも、貧血装って接触するぐらいは出来ます。」
「クックック…そう躍起になってミッションに参加しなくてもよい。」
セフィロスがクラウドに耳打ちするふりをしてルークに視線を送る、その視線の意味を知って1stソルジャーが的確に動きはじめていた。
あわてる事もなく粛々と進んで行くミッションを肌で感じながら、何もできないもどかしさにクラウドは思わずなきたくなっていた。
「何を泣く?」
「何もできないから…です。」
「出来なくて当たり前だと何度言えばわかる?今はよく見ておくのがソルジャーへの近道であろう?」
「…はい、わかりました。」
密やかに行われた二人のやりとりも、傍から見れば恐がって涙ぐんでいる恋人を英雄が優しく慰めているとしか見えない。
(明日のゴシップ誌一面は決定だな。)
ルークは細かい指示を飛ばしながらもセフィロスとクラウドを見て素直にそう思った。
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