先ほどの撮影を再生してみると、あまりにもゲームのイメージそのままだったので、撮影はそこで終了した。それと同時に扉が開き、ダークブラウンの巻き毛をリボンでまとめた、目の覚めるような美少女が飛び込んできた。
「セフィ!お仕事終わった?!」
「ああ、エアリス。頼むから仕事場で騒ぐな。」
「だーって、お買い物付き合ってくれるって言ってたじゃない。」
 まとわり付くように腕に絡み付いて離れない少女に、苦笑いしながらも嫌がらないで、セフィロスはその場に居る人たちに一言謝る。
「すみません、変な奴を紛れ込ませて。」
「あら?クラウディアさんだわ、ちょっとセフィ!彼女と一緒なんて教えてくれなかったじゃない!あーん!サイン帳もって来るんだったわ!」
「まったく、お前はいつもにぎやかだな。衣装を着替えてくるから少しそこで待ってろ、買い物はそれからだ。」
「はぁーい。ここでいい子してるから、早く戻ってきてねお兄ちゃん。」
 ひらひらと手のひらを振ってセフィロスを見送ると、くるりと振り返ってその場に居る全員に挨拶した。
「ご挨拶が遅れました、私エアリス・ゲインズブルー・宝条です。兄のセフィロスがお世話になっています。」
「妹さんだったのか。はじめまして、君のお兄さんにはいつもお世話になっているよ。」
「あーんな背が高いだけのでくの坊でよろしかったら、いつでも使ってやってください。」
 撮影スタッフと気軽に会話するエアリスの姿は、セフィロスとよく似ている。さすが兄妹だなと、ティモシーは苦笑いしながら見ていた。
 クラウディアも着替えに行くと、カットソーと膝丈のスカートというごくシンプルな服を着て戻ってきた、その姿はどこにでも居る女子高生であった。
「ティモシー、次の予定が無ければ明日の予習したいんだけど…。」
「あ、うん。今日はもうこれでおしまい。次は今度の土曜の午後だから一生懸命勉強してくださいね。」
「えー、けち!教えてくれてもいいじゃないの。」
「残念だけど、私は経済学部出身だ。損得計算は得意だけど、物理は専攻していないから教えられないな。第一なぜ嫌いな物理を専攻したんだい?」
「生物の解剖のほうがもっと嫌だったから。」
 ぷうっと頬を膨らませるクラウディアは本当にかわいらしい。ティモシーが思わずわしゃわしゃと頭をなでると、背中に視線を感じ、その冷たさに思わず体が震えた。
「え?どうかしたの?ティモシー。」
「い、いや。なんともない。さあ、帰ろうか。」
 スタッフとともにスタジオを後にしようとしたところを背中から声がかかった。
「お兄ちゃん、物理得意でしょ?教えてあげたら?そしたら私クラウディアとお友達になれるし!」
「おいおい、そんな簡単に言うんじゃない。俺だって大学卒業したのかなり前なんだからな。」
「えー?だって私彼女と仲良くなりたいんだもーん!」
 エアリスのおねだりに困った顔をするセフィロスが、先ほどまでの悪人顔とまったく違うので、クラウディアも思わずくすくす笑ってしまう。
「ティモシー、いいかな?」
「否定はしないが、変なうわさを立てられないように常に妹さんと居るんだよ。」
「ティモシー、パパみたい。」
「ぶっ!ひどいな、クラウディア。僕は君と8歳しか違わないんだよ。」
「物理教えてもらうだけだもん、だいたいザックスさんが教えてくれたら楽なのに。」
「クラウディア。ザックス君に勉強を教えてもらおうって方が間違ってるわ。彼、赤点ぎりぎりでハイスクール卒業してるんだもん。」
 ミッシェルがけらけらと笑って、クラウディアの肩をぽんとたたくと、すぐ目の前まで迎えに来てた少女に引き渡す。
「エリスさんでしたっけ?彼女はベルンハルト・ハイスクールの第三学生寮に住んでいるから、門限の21時には帰宅できるようにお願いしますね。」
「ベルンハルト?クラウディア、あそこに通ってたの?」
「え?ええ、ベルンハルトの3回生よ。エアリスさんは?」
「エアリスでいいわ。私はコーネリアス大学人文学部の1回生。」
「何だ、ベルンハルトだったのか?じゃあ物理はシド・ハイウィンド先生かな?」
「え?まさか…。」
「ああ、俺もベルンハルトを卒業してるよ。あの先生だったら簡単だ。テストの出題に癖があるんだよ。」
「え?知らなかったわ。じゃあ、バレンタイン先生は?」
「数学のヴィンセント・バレンタイン先生かな?彼は応用に重点を置いているから、ただ解けるだけじゃダメなんだ。」
「お兄ちゃんずるーい!クラウディアは私の友達なんだから!二人だけで仲良く話さないで!」
 きゃあきゃあ、わいわいと学校の話をしている3人の背中を見送りながら、ミッシェルとティモシーは思わずため息をついていた。
「ね、ティモシー。万が一彼とうわさになった時のための対策を考えておくべきじゃないかな?」
「ああ、僕も激しくそう思うよ。来週のモーダ誌発刊25周年記念パーティーのペアは、ザックス君で決まりだな。ミッシェル、衣装の手配をよろしく頼むよ。」
「O・K、ザックス君ならクラウディアもNOとはいわないわ。まあ、あの妹さんなら余計な心配になりそうだけどね。」
 人気モデルだから、スキャンダルの一つや二つぐらい肥やしにしていけばいいとは思うが、残念ながらクラウディアは清純さと高貴さを売りにしているのである。そんな少女が、いくらナイスガイとはいえ一人の青年と付き合ってるなどと、噂されたくは無かったのであった。
「でも…気のせいかな?さっき撮影したCMで見せたセフィロスさんの顔に、凄く見覚えがあって…それのおかげでなんだかあの二人をそのまま見守りたい気もするんだ。」
「ティモシーもなの?実は私もそうなんだ。なんだか…、彼にしかクラウディアを幸せに出来ない気がして…。」
「君もなのか?!」
 ティモシーとミッシェルは、顔を見合わせて苦笑いしていた。


 * * * 



 クラウディアがエアリスと腕を組みながら、一旦学生寮まで教科書を取ってきてロビーまで戻ると、表に待たせていたセフィロスが、通りすがりの教師と話しこんでいた。
「リーブ先生、嫌なことを覚えていますね。」
「いや、ぶっちぎりのトップの成績をとってた君らしくなかったからね。おや?ああ、そうか。ストライフとは仕事で知り合ったのか。」
「ええ、妹のおかげで後輩とわかって…。久しぶりにここに引っ張ってこられて。」
 なにやら笑顔で話しているところにエリスが飛びつく。
「お兄ちゃん、誰が引っ張ってきたって?」
 その後ろからクラウディアが、セフィロスと話し合っていた先生のリーブに問いかけた。
「あ、リーブ先生。図書館って今日開いていましたっけ?」
「いまから勉強か?お前は真面目だなぁ。今日はあいているはずだぞ、確か担当はシド先生のはずだ。きっと宝条を見たらびっくりするだろうな。なにしろこいつも彼を悩ませた生徒だったからな。」
「先生、なにもそんな古い話を妹に聞かせないでください。こいつが聞いたら後が怖い。」
「ちょっと、お兄ちゃん。後が怖いって何?後が怖いって…。」
「いや、お前のその顔が怖いって。」
「ひーどーいー!いい、クラウディア。こんな奴を好きになっちゃダメよ。きっといままでの彼女たちのように、遊ばれてすぐに捨てられるから。」
「待て!エアリス、それじゃ俺の人格を疑われる。」
「だーって、お兄ちゃん彼女出来ても3日と持たなかったじゃない。」
「お前が恋人面して俺に絡むから、みんなぶっ壊れただけじゃないか。」
「おいおい、兄妹げんかならよそでやってくれ。」
 じゃれるように言い合う二人に、いつも教壇に立つ顔とは違う顔を見せる教師。そんな様子が面白くて、クラウディアは思わずくすくすと笑っていた。その笑顔はモデルをやっているときに見せる、貼り付けたような笑顔ではなく、心の底から楽しいと訴えているような笑顔だった。

 クラウディアが図書館で、エアリスと隣り合ってセフィロスに物理を教えてもらっていると、他に生徒が居なかったためか、それとも旧知の教え子が居たためか、当番でカウンターに居た教師のシドが、ニヤニヤと笑いながらテーブルに座った。
「宝条。まさか物理が苦手だったお前が、同じように物理の苦手なストライフを教えているところを見ることになるとは思わなかったぞ。」
「シド先生、それを言わないでください。妹になんていわれるか…。」
「おまえの妹びいきも昔から変わってないんだな。それよりもストライフに、どうか大学進学のことを薦めてくれないかな?どうやら彼女は、卒業したらそのままモデルになるつもりなのか、志望校を絞るこの時期になっても、まったくと言っていいほど進学のことを言わないのだ。」
 シドの言葉にエアリスがびっくしりた。
「え?クラウディア、ベルンハルトにいるのに進学しないの?もったいなーい。」
「もったいないって言われても…。私の場合は、既に就職先が決まってるようなものだし、事務所の許可取らないと、大学進学もできそうも無い気がするの。」
 クラウディアの言っていることは確かに正しい。しかしあくまで彼女の学力がもったいなくてシドがぼやきまくった。
「非常にもったいない!ストライフは物理さえ克服したら、どんな大学だって向こうから頭を下げて「是非、来てください!」と、いわれるだけの学力をもって居るというのに、実にもったいない!」
「へぇ、それは凄いね。シド先生のお墨付きなら本当のことだろう?」
「え?そうなんですか?先生。」
「ストライフ、おまえ天然か!先月の大学進学基準テストの結果を張り出される前に教えてやろうか?びっくりするぞ!」
「お兄ちゃん。シド先生の言葉、凄く聞き覚えがあるんだけど…。」
「ああ、俺も凄く聞き覚えがある。」
「あたりまえだ。わが校きっての天才と呼ばれてたお前が、進学先を決めずに、この図書館でグダグダと俺のテキストをつっかえながらも解いていた時に、そこに居る妹さんの目の前で言ったからな。」
 ベルンハルト・ハイスクールは世界的に有名な超進学高校である。
 当然生徒たちの学力も高く、卒業生の進学先名簿には当然のように、世界トップクラスの大学の名前が連なっていた。
 そんなこともつゆ知らず、クラウディアは、つい先ほど聞いたばかりの大学の名前を口にした。
「事務所の許可が取れて進学できたとしたら…私。コーネリアスの人文学部にしようかしら?」
「キャー!クラウディア!それ大賛成!!」
 自分の通う大学の学部を進路として選んでくれるという美少女に、エアリスが大手を振って抱きつくと頬にキスをする。
「歓迎するわ。ゼミも同じゼミにしてね。」
 一方、笑顔のエアリスとは真逆に、顔をしかめながらシドがつぶやいた。
「ストライフ、頼むからそれはだけやめてくれ。ベルンハルトからコーネリアスってそれは無いだろう?お前にセカンド・レベルの大学を受験させたくない!」
「そうだね、人文学部なら他にいい大学があるよ。せめてミュラー大学あたりじゃないと、シド先生が泣くんじゃないかな?」
 苦虫を噛み潰したような顔をする恩師に、思わずセフィロスが助け舟を出したが、シドはその助け舟をあえて否定した。
「俺はミュラー大学でも泣くぞ。ストライフの成績で文系選ぶなら、特待推薦でヘーゲンドルフの文学部に入れる。」
 聞き覚えのある最難関大学の名前を聞いたエアリスが、びっくりして口を挟む。
「ヘーゲンドルフっておにいちゃんが出た大学だよね?そこへ特待推薦だなんて…クラウディア、あなたの成績ってまさか…ダントツのトップだったりするの?」
 翡翠色の瞳を真ん丸く見開いてエアリスが隣にいる美少女に問いかけたが、同じように青い瞳を丸くしているクラウディアではなく、答えはシドから返ってきた。
「ああ、そうだ。この学校に入学する時に、特待生で入ってきて、ぶっちぎりのトップをキープしてるうえに、文武両道。おまけにこの容姿で性格もいいと来る。全校生徒どころか、教師まで魅了するアイドルだぜ、このお嬢さんは。」
 いつも褒めない担任からの最大級の褒め言葉に、クラウディアは思わず頬を染めながらも、頭を降った。
「そ、そんなことないです。私なんてまだまだだし…。」
「完璧よ!クラウディアはそうでなくっちゃ!」
 エアリスが目をきらきらとさせて、クラウディアの手を取る。ちょっと困ったような表情で、テキストと目の前の教師をみているクラウディアに気が付いて、セフィロスが苦笑した。
「エアリス、離してやれ。クラウディアは勉強が優先しているようだからな。シド先生、アレをなぜ教えてあげなかったんですか?」
「あん?お前と一緒で、こいつは自分で何とかしようとするから、限界まで見極めていたかったんだ。まあ、潮時らしいが、な。」
 意味不明な会話にクラウディアが口を挟んだ。
「あれってなんですか?」
「苦手な物理が少し好きになれる魔法さ。先生、少しは格好付けさせてくださいね。」
「おう、聞いていてやるから、さっさと教えてやれ。」
 にこりと笑うと、セフィロスはクラウディアの教科書のページをめくり、昔教えられたとおりのことを教えていくのであった。

(まあ、なんというか…違和感が無いどころか、どこかで見たようなことがあるカップルだな。)


 セフィロスの視線とクラウディアの視線が交わるたびに、シドはそんなことを思っていた。